4-36.対ドラント
でも、このままにはできないな。
「ティナ」
「はい! わたしが止めてきます!」
「待って。僕が行く。ティナは荷物をお願い」
「でも!」
「僕が負ける相手じゃないよ」
運動慣れしていない貴族の若者たちだ。良いものを食べているからか、やせ細った体というわけじゃないけれど。庶民とか村の人間だと、これよりも栄養状態が悪くて体格的に劣ることもよくある。
ひどい話だな。貴族連中が食物を作っているわけじゃないのに。
でもまあ。戦い慣れはしていない。だから僕の敵じゃない。
ティナを制止して、布袋の中に入った川魚の塩焼きを手に取る。正確には、貫いている木製の串だ。短い聖剣となったそれは焼き魚の身を切り裂いてしまう。
それを背中に隠しながら、僕はドラントたちの方へと歩いていった。
「こんにちは、リーサさん。それに皆さん。あなたはドラントさんですね。城主の息子の。昨日はどうも。ちゃんと挨拶もできませんでしたけれど」
「お前は……」
急によく知らない子供が出てきて馴れ馴れしく話しかけてきたことに、ドラントは戸惑いを見せた。その後に、自分が気持ちよく権力を振り回していたのを邪魔されて不快そうな顔を見せる。
僕は気にせずに話しを続けて。
「ドラントさんはリーサさんを、随分と強引に連れて行こうとしていますけれど、やめた方がいいですよ。嫌がっていますから」
「これは彼女のためだ。庶民と一緒にいるべきじゃない」
「それは彼女が決めることです。それに強引すぎますよ。どう考えても、別の目的が見えてしまいます、ドラントさん、リーサさんのことが好きなんですよね? 昨日から見ててバレバレですよ」
ドラントはぎょっとした顔になった。
けど、周りの反応は淡白なものだった。取り巻きの貴族含めてだ。
みんな気づいてるに決まってるもんね。今更すぎる話。ドラントだけが、気持ちにバレてないって思っていた。
だからこのまま続けた。
「駄目ですよ。好きだからって嫌がることやったら。小さい子が好きな相手の気を引くために意地悪するのをよく見ますけど、同じですよ。こういうの、情緒が幼いって言うんですね。ドラントさんの情緒は六歳の子供とそう変わらない」
これには準備会の人たちが笑い声を上げた。ドラントとその取り巻きは表情を険しくして明らかに怒っているけれど、気にせず続ける。
「もっと大人の恋愛をしないと。ドラントさんのはガキすぎます。僕の仲間が、あなたが連れてきたホイが大人として過ごせるように教育をしているところですけれど、人を好きになった時の行動という意味ではドラントさんはホイと同レベル」
それ以上は言えなかった。ドラントが咆哮と共に殴りかかってきたから。
動きが遅くて、避けるのは簡単だったけれど。
串を持った右手は後に隠したまま、左手だけ前に出す。ドラントの拳に手のひらを当てて横に逸しながら自分も前に出て当身を食らわせる。
「ぎゃっ」
重心の低い位置でぶつかられたドラントは、たまらず転倒した。
これで諦めてくれるといいのだけれど。
「お前ら! このガキをやれ! 権力に逆らうとどうなるか教えてやれ!」
取り巻きたちに命じたから、もう少し戦うこととなった。
三人の取り巻きが身構えながら、ジリジリとこちらに近づいている。
ゆっくり近づくくらいなら、一斉に飛びかかった方が勝ち目はありそうだったけど。怖いんだな。貴族といっても胆力はないか。
「早く来なよ。ビビってるってこの人に思われるのは、あなたたちも嫌でしょ?」
起き上がろうとしたドラントの腹を蹴って挑発すれば、彼の覚えをめでたくしたい彼らは拳を振り上げ突進してきた。
やっぱり、喧嘩とかしたことなさそうだな。
僕は数歩下がって、ドラントの体の向こう側へ行く。真ん中の男が不敬にもドラントの体を飛び越えたその瞬間に前に出て、一瞬だけ空中にいた彼に体当たりする。
踏ん張りの効かない状態の彼は容易に押し倒されて、地面に体を打ち付けた。
素早く起き上がれば、横から拳が飛んできた。そのヘロヘロパンチを手のひらで掴んで捻りあげれば悲鳴が聞こえる。そのまま体を動かして、彼との位置関係変えると、ちょうどいいタイミングで最後のひとりが掴みかかってきた。
彼は僕ではなく取り巻き仲間に激突してしまい、双方が地面に倒れる。
片手を使わなくても勝てる相手って、なんて楽なんだろう。
「ふざけるなよ……」
「おっと。ドラントさんあなたもタフですね」
「ぶっ殺してやる」
「城主の息子がそんなこと言わない方がいいですよ」
起き上がったドラントはポケットからナイフを出した。
よし、ようやく僕も武器を抜く時だ。ずっと背中にやっていた串を出して構えると、ドラントは鼻で笑った。
「棒を振り回して剣のつもりか。ガキめ」
「よく見てください。僕は冒険者で、本物の剣を腰に差している。これは、お前なんか木の棒で十分って意味です」
「舐めやがって!」
ナイフをめちゃくちゃに振り回しながら突進してくるドラント。ちゃんと扱いを習ったこともないな。あれは格好つけるために持ち歩いているだけか。
こちらに刃が届く寸前に下がって回避。その動きを見極めながら串を振る。
ナイフの刃の根本あたりを、聖剣となった串が通過。刃が完全に切断されて、振られた勢いのまま飛んでいった。
地面に落ちてカランと乾いた音を立てた刃を、ドラントは呆気に取られた顔で見ていて。
「敵を前に余所見なんて、ずいぶん余裕がありますね」
ドラントの方へ踏み込んで聖剣を振る。間合いを調整しながらの一撃は、どうにか狙い通りに当たったらしい。
彼の着ている服だけが、縦にまっすぐ切れた。胸元がはだけて素肌が見える。ズボンも留金が壊れて下着が見えてしまって。
「なっ!?」
周りに大勢がいる中で恥ずかしい格好を晒すことになったドラントは後ずさりした。彼をよく思っていない準備会の者たちが嘲笑する。
顔を真っ赤にしたドラントは、ありえない切れ味を見せた木の棒を睨みつけている。
「異能か。化け物め」
「!」
怒りと羞恥の入り混じった表情ながらも、僕が異能者なのを言い当てたドラント。少し驚いたのは事実だ。
いや、わかっているとも。この街にも異能者はいるだろう。三十年前に、街の歴史に忌むべき形で関わったこともある。




