4-25.爵位を賜る
それからゾーラが、僕たちの旅の話をした。昨日キアが冒険者たちに話したのと比べれば、脚色は無かった。ただ、僕の生まれとか、ガリエル公爵家にお世話になったとか、言っちゃいけないことを隠しただけ。
街の中に出てきたゴブリンや、王都に出現したドラゴンとの戦いは、オーゲル家の人たちをかなり惹きつけたようだ。
「王都でそんなことがあったと、噂では聞いていましたが。しかし本当だったのですね。恐ろしい相手でしたか?」
「ええ。それはもう。あたし自身、あんなのは初めて見ました。しかしみんなで立ち向かえば怖いものなどありませんわ」
「すごいです……」
リーサは話を夢中になって聞いている。こういうのが好きなのかな。姉のナーサは興味がなさそうで、黙々と食事をしていた。父のオルソンはしっかり聞いてくれているが、全面的に信じているわけではなさそう。
まあ、信じにくい話ではある。本当のことだから仕方ないのだけれど。
「お父様。この街にも大きな魔物が出た場合は、どうなってしまうのでしょう」
「どうって……兵士たちが力を合わせて倒すしかない。彼女たちみたいな冒険者も協力するし、きっとなんとかなる。けどねリーサ、そんなことは言うもんじゃないぞ。魔物なんて縁起が悪い」
「はーい」
父にたしなめられて、リーサは少し不満げに頷いた。オルソンはそれに溜息をつく。
「まったく。お前もいい歳なのだから、もう少し品格を身に着けなさい。準備会の男たちに影響されすぎだ」
「でも。わたし小さい頃から、あの人たちと一緒にお祭りの準備をしてきたんだよ? 仲良くなるのは当たり前じゃない」
「だとしてもだ。もうすぐ我が家は爵位を賜る。それに相応しい振る舞いをしなさい。彼らと接するのも控えるんだ。貴族社会に戻るのだから」
「……」
リーサは明らかに不同意といった様子で黙り込んだ。
「爵位を賜る?」
気になる言葉が出てきたので訊いてみた。ザサール夫妻は驚いた様子ではなかったので、既に知っているのだろう。
さっき商談をしていたようだし。貴族に戻るから、今後は個人的にも商品の用立てをお願いするかもしれない。そんな話をしていたのかも。
商人に話したことを、僕たちに話せない道理はなくて。
「恥ずかしながら、オーゲル家は元々、この街で伯爵の地位にある家柄でした。城主様をお助けする仕事を代々行ってきましたが、ある時に不義理を犯してしまい、爵位を剥奪されたのです」
没落貴族になったのは、そういう経緯。
「幸いにして他の貴族たちとの繋がりは絶たれず、これを用いて市民たちの助けになるような仕事をしてきました。この努力が認められて、息子は役所で働くことを許されました。そして城主様が代替わりしたこともあり、このたび男爵の地位を賜ることとなったのです。元の位からは落ちてしまいましたが、また貴族に戻れる……」
よほど嬉しいのだろうな。オルソンは感極まった様子で目元を押さえた。
逆に眉間に皺を寄せて不機嫌そうになったのは姉のナーサで。
「何が努力よ。全部あたしのおかげじゃない」
不機嫌さを隠さない声を出した。
そこの事情までは知らないザサール夫妻含めて全員の視線を集めたナーサは得意げな顔を見せた。
「あたしがドラント様に見初められて、子供まで作ったからよ。次期城主の妻が庶民出身だと格好がつかないでしょう? だから爵位をくれたの。貴族から妻を取るためにね。だからこれは、全部あたしのおかげ」
椅子にふんぞり返って、急に口数が多くなるナーサ。そしてお腹の膨らみを愛おしそうに撫でた。
知らない名前が出てきたな。ドラントか。まあ推測はできる。今の城主の息子なんだろう。いずれ、この街の統治を任される人物。
そいつに気に入られたか。街のトップと没落貴族がどんな出会い方をしたのだろうか。
なんにせよ、ナーサは女の力で城主の夫人という地位を手に入れた。家族に爵位をもたらしたのは、あくまでついでだ。
なるほどな。妊婦であるナーサが実家にいて夫の姿が見えない理由がわかった。爵位がなければ正式な結婚はできないし、そもそも没落貴族が城で過ごすのは世間体が悪い。
男爵を賜ってから正式に結婚と出産を行うのだろう。そしてナーサは周りから祝福されながら城主夫人としての人生を歩んでいく。街の最高権力者の妻として、何不自由ない生活を送ることになる。
ナーサにとっては、それは誇り。男爵なんて低い爵位の実家には既に興味はない。それでも、オルソンたちには大事なことだ。
家の名誉だし、これから家を盛り立てていかなければならないのだから。
「そう言うな、ナーサ。これは家のみんなで掴み取った栄誉だ」
「ふんっ」
自分の手柄に他人を混ぜたくない。特に爵位の低い人間たちには。そんな感情が読み取れる嘲笑を見せながら、ナーサは席を立って階段を上がっていってしまった。
残されたオルソンはため息をついた。
「不愉快な所を見せてしまいました。申し訳ございません。娘がドラント様を好いていて、結婚を望んでいるのは本当なのです。たとえそれが、地位が目当てだったとしても、父親ならば娘の結婚を祝福すべきなのは、わかっているのですが」
権力狙いがあからさまだと、素直に喜べないよね。
「それに私の方も、浮かれていました。それで娘が気持ちを遠ざけたのかも」
「喜ぶのは当然ですわ。爵位が手に入るのですもの」
「はい。それは本当に嬉しいのです。不肖の兄が不義理を果たして逃亡して、爵位を剥奪されて三十年。残された私は本当に苦労してきましたから」
「三十年……?」
「そうなのです。長かった。三十年前、まだ次期当主であった頃の兄は、異能者でした。空を操り雨を降らせるという能力を持っていて。これから街を発展させる貴重な人材になると、大きく期待されていたのです」
「!?」
みんな驚いた顔をして見つめ合った。




