4-26.ドラント
オルソンが言うには、彼の兄は異能を買われて、城で重要な役割を担っていたという。城主一家の覚えもめでたく、将来は安泰であった。
しかしある日、他の地域を収める領主がこの街を訪れて来賓としてもてなされている際に、その妻に一目惚れしてしまい、あろうことか欲望のままに寝所に忍びこんでしまった。
当然すぐに見つかり大問題となった。彼はおとなしく捕まれば良かったものの、外に逃げ出すと異能を駆使して前が見えないほどの大雨を降らして追っ手を撒いて、行方をくらませてしまった。
以来、彼の行方はわからない。どこか遠くの街に逃げたか、森の中で死んだか。もう三十年も昔のことだから、誰にも追うことはできないだろう。
しかし当時としては、逃亡して本人が責任を取れない以上は、家が取るしかない。かくしてオーゲル家は地位を奪われた。
間違いない。その異能者は、あの村で捧げ物を要求していたホラン様を名乗る男だ。森の中に逃げて、架空の神を演じることで生き延びていた。
元々街で立場のある人間だったから、村が外界の人間を襲うとなれば自分の正体が看過される危険が大きい。だから村から外れた森に住処を作らせたのか。
僕たちだけではなく、ザサール夫妻もそれに気づいている。アルレナだけは事情が読み取れずに、けれど両親のただならぬ雰囲気に押し黙っていた。
ゾーラの方を見る。オルソンに、本当のことを話すべきか悩んでいる様子。けれど直後に、彼女は微かに首を横に振った。
ティナとキアとアンリは、お互いが何か不用意なことを言った瞬間に口を閉じられるように身構えている。三人とも、黙った方がいいのは理解しているらしい。
「……そうなのですか。それは大変でしたね」
だから僕は、当たり障りのない返事しかできなかった。
「ありがとうございます。三十年、長かった。けれどようやく報われます」
「……そうですね」
報われることはない。
異能者が街から逃げ出して、そのままどこかで死んだなら、三十年経って家の罪が許されることもあるだろう。
しかし彼は近くの村と手を組んで、旅人や商人を襲っていた。街にもたらすはずの利益を奪っていたと言ってもいい。
継続的に街への損害を与えていたならば、話は別だ。
今頃、城もこの事実を把握していることだろう。なぜか動きが積極的だった軍は、既に事情を把握している。そして三十年前の異能者をオーゲル家と結びつける者もいるはず。城には当時から働いていた者もいるだろうし。
だから問題は蒸し返されるし、爵位を与えるのは延期となる可能性が高い。
これは僕たちにはどうしようもないこと。
「あの。皆さん、いかがされました?」
めでたい話であるはずなのに、僕たちの様子がおかしなことに、リーサが気づいた。さてどうしようかな。今からでも本当のことを話す?
悩んでいると、不意に扉を叩く音がした。
「オルソン殿! 夜分に申し訳ない! 俺だ! ドラントだ!」
聞いたことのない声だな。でも名前は聞いたことがあるぞ。
ああそうだ。城主の息子でナーサの旦那だ。なんか衝撃的なことを聞いたから、その存在を忘れていた。というか、今更そんなのどうでもよくないか?
いや、どうでもよくないことはない。城主の息子なら城で起こったことも知っているだろうから。
「ドラント様? 今開けます」
リーサが小走りで玄関の方へと行った。止めるべきかな。いや、そんなことをする権利はないし、止めても問題が先延ばしになるだけ。
「おお。リーサか。今日も一段と綺麗だな」
玄関から、なんか軽薄な声が聞こえた。
「ドラント様おやめください。そういうことは姉に言うものです」
「ああ。もちろんナーサにも言うさ。けれどリーサ、君も家族のようなものだ。義理の妹が可愛いんだよ」
「そ、そういうものですか……」
義理の妹にかけるには変な言葉。リーサも明らかに戸惑い気味だった。
やがてドラントが食堂に姿を現した。軽薄そうな見た目の男だ。金髪の髪は長めで、サラサラだった。
薄ら笑いを浮かべているのはなぜだろうな。
そんな彼は、先客である僕たちを見ると驚いた顔になった。
「オルソン殿、この人は?」
「祭りのために荷物を持ってきてくれた商人と護衛たちです。旅の話を聞くために招待しました。先日の村の騒ぎでも活躍したそうです」
「そう……か」
「それでドラント様。今回は何用でしょうか。夜分にお訪ねいただくとは」
「ああ。それなんだが。村のことを知っている人間か。ならいいのか……」
部外者がいる前で話しにくいことなら、僕たちは退席してもいい。けれどドラントは村の件の関係者ならば問題ない、あるいは都合がいいと思い直したらしい。
「オルソン殿。あなたの兄の行方が明らかになり、城の重鎮たちが騒いでいる」
ドラントが軽薄な笑みを引っ込めて真面目な顔を作って話したのは、僕たちも察したこと。
オーゲル家が没落した原因である男が村に関わったせいで殺人が何件も起こり、街に不利益をもたらしたことを城が気づき、重鎮たちが騒いでいる。このままではオーゲル家への爵位付与は危ういかもしれない。
話を聞いたオルソンの顔は見る見るうちに青ざめていく。リーサも同様だ。
僕たちはと言えば、なんと声をかければよいのか言葉が見つからなかった。自分たちから告げる前に、この軽薄な男が来てくれたことで労力だけは省けた。それだけだった。
「そんな……では兄は。今はどこに?」
「既に死んでいる。だが村人は長らくそれに気づかず女と食料を捧げ物を続けて、代わりに狼がそれを食らって数を増やした。そして近隣の村に被害をもたらした」
それは僕たちが突き止めたことだ。なに、自分が見聞きした感じで話してるんだ軽薄男。




