4-19.ある老兵
そうだね。お祭りの関係者の所に、今から行くんだもんね。仕事は終わりでも、祭りの内容には興味がある。せっかくだから見ていきたいし。
「そもそもキア、どんな話をするつもりだったの? 悪魔の儀式とか魔物を匿ってたとかを期待してたようだけど」
「おう。期待された通りの話をしてやるぜ。なんか話を膨らませて、それっぽくしてやる。神様に捧げ物をするのも、悪魔を呼ぶ儀式をするのも似たようなものだろ」
「それ、宗教家たちの前で言ったら殺されかねないわよ」
「言わない言わない。それに狼が群れで襲ってきたんだぜ。魔物が村にいたのと似てるだろ」
「全然似てない。そもそも不条理でしょ。人間が魔物を飼うなんて無理なのよ。ヴェッカルの街の男爵は特殊すぎるケースなの」
「村にもいたかもしれねぇだろ、そういう異能者が」
「いなかったでしょ」
言い合いをしながらギルドから出ていくキアとゾーラ。
僕たちは微笑ましく思いながら、僕たちもそれについていく。
「もし村に魔物が隠されていたら、大変でしたよね。厳しい戦いになってました」
「そうね! でもわたしたちの方が強いわ!」
「はい! ヨナ様の力で、どんな魔物でも倒してしまいますから!」
「ははは。魔物がいなくて良かったよ。そもそもいるはずが、ない……」
ふと、何か引っかかった。
村人たちが密かに、魔物を飼っていたというのはないはずだ。
けれど街の兵士たちは、村の存在を聞くと急いで駆けつけた。そして何かを探しているようだった。
あの村には何がある?
――――
その男は今年で七十歳になる。兵士としては勤続五十と数年。同期の中では突出した才覚があったわけではないが、真面目に仕事をこなす姿を上から評価されて、城壁の南門を守る部隊の長を任されるまでになった。
普通ならば、もう退役してもおかしくはない年齢。同期は皆、引退して余生を過ごしている者ばかり。
しかし彼はもう少しだけ、この仕事を続けるつもりであった。
この仕事は好きだが、それが理由ではない。使命感から続けているのは事実だが、それは門番という立派な仕事に対するものではない。
五十年前、まだ新米だった彼が上官から話されたことを、今も気にかけているからだ。
逃げ出した犯罪者たちが持ち出した物が、この街に災厄をもたらすかもしれない。奴らが遠くへ逃げ出して、街から離れてくれるならば、それで構わない。しかし街の近くの森に潜伏していると、まずいことになる。
上官にとっては、単なるひとりごと。しかし彼を長い間縛り付けてしまった。
あれから五十年、何も起こらなかった。ならばもう、街に危機が訪れることはないだろう。罪人たちも既に死に絶えたか、離れた街で新しい生活を持ち、死を迎えようとしているだろう。
罪人を捕まえられないのは兵士として悔しさはあるが、街に危機が訪れないだけ良かった。このまま数年待ち、自分の寿命が来る時まで何も起こらないなら、永遠に何も起こらないのだろう。彼はそう考えていた。
しかし罪人が森の中に村を作り、子孫を残して定住しているとなれば、見逃すわけにはいかなかった。
謎の因習を作って旅人を襲うという事案も兵士としては看過できないが、それどころではなかった。持ち出されたとされる物を回収しなければ、街に被害が出かねない。
すぐさま城に遣いを出した上で、部隊を編成して自ら村へと馬を駆けさせた。
当事者たちへの取り調べを入念に行い、街まで行かせて無人にした村を兵士たちに徹底的に調べさせる。
本来ならこんな村、火をつけて焼き払わなければならない。そうでなければ狼の寝床になってしまう。
しかしその前に、なんとしても見つけなければ。破損してしまえば大惨事になるという、あれを。
「報告します!」
兵士のひとりが慌てた様子で駆けつけた。
「一軒の家の中で隠し部屋を見つけました! 中には書物と思われる物がありました!」
「案内しろ。それから、誰も触れるな。不用意に扱えば命はないと思え!」
年齢を感じさせない迫力ある声を張り上げて周囲に知らせ、そして隠し部屋のある家へと向かう。
部下たちに扱わせるわけにはいかない。もしそれが解き放たれてしまっても、失態は自分の責任でなければならない。部下たちにそれを負わせはしない。
隠し部屋は、部屋と呼ぶにはあまりにも狭く、人ひとり入れば他に何も入らないというサイズだった。極端に小さな倉庫とか、物置と言うべきか。
雑に取り付けられた棚に、それは置かれていた。
古めかしい巻物本。表題は無いが、間違いないだろう。
「あの。それは……」
「封印の書だ」
「まさか、魔物の……」
彼は黙って頷いた。
大昔、まだ魔物が大量に徘徊しては、人間たちの暮らしを脅かしていた時代。
英雄ジェイザックとその仲間たちは魔物を殺して人々を救う旅をしていたが、彼らにも殺しきれなかった魔物はいた。
そんな強力な魔物は、彼らの一行の中にいた魔法使いによって封印された。そのひとつがこれだ。
「単眼の巨人、サイクロプスが封じられた書物だ。これが開けられた時、サイクロプスは蘇って街を襲うだろう」
魔法を使って作られた、扱いを間違えれば大惨事を引き起こしかねない代物。いわゆる禁術だ。
普通の人間は一生お目にかかることができないもの。
背後にいる兵士が震えるのがわかった。
「頑丈な箱はあるか? 儂が運んで、城主様に届けよう。誰か城主様に一報を入れてくれ。それから、建物はすべて取り壊して焼き払ってしまえ」
箱の中に封印の書を大事にしまい、誰にも奪われないように抱える。かつての管理責任者である城主に、これを渡せば仕事は終わりだ。五十年前から城主は代替わりしてしまっていたが、引き継ぎはできるだろう。
「安心せい。街に迫る危機は去った。仕事をして、早く街に戻ろう。祭りを楽しもうじゃないか」
長年の懸念事項が解決した彼の口調は穏やかだった。
この書物からサイクロプスが出てきて、街で暴れることはない。もう心配することは何もないのだから。




