4-14.情緒の幼さ
こんな村だから、食事を確保するのは難しい。水と保存用の干し肉くらいしかない。村の家々を漁っても、それは同じ。
それでも、何も食べられないよりは良かった。
「ザサールさんたちに相談したら、なにか貰えるかしら」
「さあなー。向こうも護衛の数が多いし、そっちに食べ物回してるだろうな」
「護衛の数は減ったでしょ。それに、あたしたちだって雇われた護衛よ」
「まあそうなんだけど」
幸いにしてザサール商会の荷物は、そこまで被害を受けたわけではなかったらしい。妻のソノレナが丁寧にお礼を言ってくれた。
運んでいた者の大半が、食べ物ではなかったことが幸いした。
つまり、因習村で食事に困る僕たちの助けにはならないものってことだ。そもそも商品だから、あっても食べるわけにはいかないだろうけど。
「森でトカゲとか捕まえてこようか?」
「せめてウサギとかにしなさい。普通はトカゲなんか食べないのよ」
「でも、飢えていたら?」
「少なくとも今は飢えてないわ。ひもじいだけ」
その境目はどこにあるんだろうね。
いやそれよりも。
「アンリさん。ホイさんの話し相手になって色々聞き出せたのは、さすがだと思います。けど、これ以上は仲良くしない方がいいかと」
ティナに言われて、アンリは面食らってしまったらしい。
「ど、どうしてかしら」
「さっきのホイさんの様子、どう思いましたか? 一緒にいたいと言われて」
「なんか変だなとは思ったわ。ええっと、どう言うべきかしら。ぐいぐい来てたというか」
「それです」
「あの男、アンリちゃんに惚れてるわね」
「えっ……えええっ!? いやいや! なんでそんな!? 普通に、お友達になろうとしただけなのに!」
「よくあることよ。あの男は、産まれたときから異常な環境で生きてきた。ここ数年、たぶん思春期に入る時期の前から、狼に囲まれて暮らしてきた。情緒が幼いまま成長してないのよ」
「???」
ゾーラの説明を、アンリはよくわかっていない様子だ。
「つまりですよ、アンリさん。ホイさんの中身は、とても子供なんです。そして女の子に縁がありませんでした。そんな中で、急に女の子に優しくされたら、どうなりますか?」
「好きになっちゃう?」
「そうです」
「えー!? でも! わたしあの人にそんな気持ちないっていうか。友達になりたいって思っただけなのに」
「その優しさを勘違いしちゃう人はいるのよ。大抵は、誰にでもそうなんだなって考えて、気にしないか様子を見るものなんだけどね」
「ああ。ホイの場合は、誰にでもって感覚がないのか」
長いこと、自分ひとりしかいない環境にいたから。
「ホイにとっては今のアンリちゃんは、無償の愛を与えてくれる聖女なのよ。それと幼い恋愛感情が混ざり合って、アンリちゃんのことしか考えられなくなっている」
「で、でも。歳が違いすぎるわ!」
「ホイにはそんなの関係ないでしょ。社会に接することなく過ごして、体はともかく頭の年齢は子供の頃と変わってないわ。アンリを同い年と認識しててもおかしくない」
「ま、傍から見たら良くはないよな。大人がアンリみたいな子供を好きになるなんてな」
「ええ。まったくね」
「ゾーラさんも人のこと言えませんよ? 男の子大好きじゃないですか」
「あたしはいいのよ」
「自分だけ例外にしないでください! ヨナ様にそういう目を向けるのは許しませんからね!」
「なによ。いいじゃない。別に手を出そうってわけじゃないのよ。この年頃の美しい少年を愛でたいだけ。まあ、ヨナくんが許すって言うなら、触ってみたいのだけど」
「駄目です! ゾーラさんあなたはヨナ様の教育に悪いです!」
「あたしは学術院の職員よ? この国の教育も管理してる機関よ?」
「世も末だな」
「ふふっ。ヨナくんどうかしら。今夜あたり、一緒のベッドで寝ない? 後悔はさせないわよ?」
「だああああああ! もう!」
いつの間にか話題がゾーラの性癖に変わってしまったけれど、そういえば元々の問題は解決していない。
ホイはアンリに惚れているらしい。しかも子供っぽい無邪気な恋愛感情。
アンリにとっては大問題なんだろうな。そういうのを望む子ではない。いや、望んではいるのだろうけれど、相手はホイみたいな男ではない。
伝説の中でアンリーシャと恋仲になったのは。
「ヨナ! 来て!」
僕の手を引いて、ホイがいる場所へと戻っていく。
「ねえアンリ。僕はジェイザックじゃないよ」
「わかっているわ! けど、このままにしておけないわ!」
それはそうだけど。
「ホイ! いる!?」
再び家に上がったアンリ。ホイはといえば、やることがないのか家の隅でうずくまっていた。しかし声をかけられてアンリだと気づけば、顔を綻ばせる。
そんな彼に、アンリは。
「見てて!」
僕の頬を両手で包むようにして掴み、顔と顔を近づけて、唇を重ねようとした。
「駄目」
「へぶっ!?」
もちろんそんなことを許すはずもなく、僕は直前で手を差し込んで、手のひらをアンリの顔に当てて遠ざける。
「なによ! キスぐらい別にいいでしょ!?」
「良くないよ。こういうのは、好きな人とやるものだよ?」
「わたしはヨナのこと、好きよ!」
「それは知ってるけど」
「ヨナはわたしのこと、好き?」
「好きではあるけど。そういう意味でもなくて。とにかくキスは早いから」
「そっか! じゃあこれならいい?」
僕の体をぎゅっと抱きしめ、密着した。
まあ、これくらいなら。




