4-5.怪しい村
ザサール家の三人が乗る乗用の馬車の近くに、もふもふに乗ったアンリがいる。僕たちもその近くを歩いている。
「ねえねえ。セイホレハのお祭りってどんなものなの!?」
アンリはザサール家に親しげに話しかけている。依頼人で雇い主なんだけど、友達みたいな距離感だ。
一家は気分を害することなく、妻のソノレナが返事をした。
「地元に古くから伝わる神様を称える祭だと聞いています。森の恵みに感謝して、これからの街の住人の人生に祝福を与えるものだと」
「地元の神様?」
「この国で広く信仰されている、世界を創造した唯一神の宗教が広まる前には、あちこちで土着の神や信仰が自然発生していたのよ。そのひとつね」
王都の近くの村で祀られていた祠も、その一例。前にも聞いた話だけれど、アンリにとっては初耳だ。ゾーラの説明を馬の上から興味深そうに聞いている。
「日々の暮らしで起こる不幸とか、自然災害への恐れとかを神の仕業と考えて、それを鎮める儀式を行う。逆に幸福なことが起こったり自然からの恵みには感謝する。大きな森なんかは、その中に神が宿っていると考えられやすい。今から行く街も同じなんでしょう。その街の神様はどんな感じなの?」
「聞いた話ですが、街の名前の由来にもなっているそうで、セイホランという名前です。人に似た姿形をしながら、仮面を被って顔は見えない。森の豊かな自然を人々にもたらす、豊穣の男神と聞いています」
「珍しいわね。豊穣の神は地母神と呼ばれるくらいで、あたしの知ってる限りは女神が多い印象だけど」
「女性への祝福も行う神らしいですよ。セイホランに触れられた女性は、元気な子供を生むと」
「豊穣の神は、確かに多産に結びつけられることが多いわね。女性に祝福を行う神が男性でも、別に問題はないか。もしかすると昔、神と交わって子をなした女性がいたのかも。それが土着神の信仰と混ざったのかもね」
「そんな、神様と人間が子供を作るなんてありえるのかしら?」
「本当に神の子だったかは、どうでもいいの。貞淑を装ってた女が、陰で遊んで出来た子供を神のせいにしたのかもしれない。それを、誰かが奇跡だと信じれば信仰は起こるのよ」
ゾーラの話を、一行は興味深そうに聞いていた。僕たちも、商人の護衛たちも。馬車を動かす御者も同様。
もちろんその間も、周囲の警戒は怠らない。しかし狼の襲撃はなく、森は平穏そのものだった。
「うん? なんか道の感じ変わったか?」
「キア、どうしたの?」
「いや、なんか……」
足元を見ながら、キアが首を傾げた。僕には何も感じなかったけれど。
「なんかさ、この道、さっきまでと違うというか」
「違いって?」
「さっきまでは、人とか馬車が何度も通って自然に出来た道って感じだったんだけど。今のこれは……なんつーか。駄目だうまく言えねぇ!」
なんなんだろう。キアの言うことだから、正しいのではあると思うけれど。
「とにかく警戒しよう。そろそろ日が傾いてくる。暗くなるよ。村まで急ごう」
そうは言っても、馬車が何台も連なる商隊だ。どうしても速度は出ない。村についたのは日が暮れてからだった。
幸いにして、狼は出なかったけれど。
「宿屋はあるかしら」
「ええ。この村にも宿はあると聞いていますが……」
「おやおや。ようこそおいでくださいました。旅の方ですね?」
「うわぁっ!?」
みんなしてそれらしい建物を探そうとキョロキョロ周りを見ていると、突然老婆が現れて声をかけてきた。みんな、多少なりとも驚きはしたさ。キアはちょっと声が大きかったけれど。
「あの婆さん、只者じゃねぇぞ。足音が聞こえなかった」
「え?」
「足音を立てずに、気配を殺して近づいてきたんだろうさ。なんでかは知らねぇけど」
「んー?」
老婆の方をチラチラ見ながら、キアは声を潜めて教えてくれた。
なんかさっきから、キアの様子が変だよね。何かを警戒しているような。それでいて、それが何かは自分でもわかっていない様子で。
一方の老婆は人当たりのいい笑みを浮かべて話しを続ける。
「どうぞ。なにもない村ですが、旅人の皆さんを泊める宿はありますでね。こちらです、どうぞ。馬を止めておく場所もあります」
と、歳を感じさせないしっかりとした足取りで、一軒の建物の方に向かっていった。
「アンリ。静かに聞いてくれ」
「え? ええ、わかったわ。なにかしら」
「もふもふを止める場所に繋げる時、自力で抜け出せるようにしてほしい。なにかあった時に逃げられるように。この村、なにか変だ」
「……わかったわ。もふもふ。夜の間、おとなしくしててね。けれど何かあったら暴れていいわよ」
アンリの言っていることを理解しているのか、もふもふは小さく鼻を鳴らした。
商人たちの方を見る。彼らは特に警戒はしていないようだった。彼らは森を歩き慣れたりしてなさそうだからなあ。
老婆の言う宿屋とは、少し大きな平屋の一軒家に見えた。しかもずいぶんと古びていて、ボロボロで汚れた箇所も多い。
中も客室があるわけではなかった。通された大部屋で、みんなで雑魚寝してほしいと言われた。古くて修繕が必要なのは内装も同じようで、汚れもあちこちで目立つ。
血の汚れと思しきものすらあった。
「これ、宿屋じゃないわよね」
「ゾーラもそう思う? 僕は村の宿屋についてあまり詳しくはないけれど」
「本当に僻地の村なら宿屋自体がないこともあるわ。旅人が滅多に来ない場所ね。そういう村の場合は、住人にお金を渡して泊めてもらうことも多い」
ここもそういう村、と単純に言い切るわけにはいかなくて。
城塞都市に続く道の上にある村だから、少ないにしても人通りはあるはず。昨夜泊まった村と同じ感じてなければならない。
それに、老婆はここを宿屋と言った。だからそういう設備はあるべきなのに、見当たらない。明確に嘘をついている。
「警戒した方がいいわね。どうする?」
「また、誰かが起きて交代で見張りをしよう」
「繰り返し、建物の中に泊まって野宿みたいなことするなんてね。けど、そうするべきね」
ザサール商会の方を見る。彼らは特に警戒はしていないようだった。あんまり、こういう状況に陥ったことはないのかな。




