第21話_過去の、階段で
翌朝、誠二のベッドで目を覚ました私は、彼の腕の中にいた。
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
誠二はまだ眠っていて、静かな寝息を立てていた。
私はそっと彼の胸に手を置いて、昨夜のことを思い返した。
呼び捨てにしたこと。
激しく重なり合ったキスと抱擁。
そして、誠二が素直に「嬉しい」と言ってくれたこと。
(……本当に、本気なんだ)
私は彼の寝顔を眺めながら、静かに微笑んだ。
少しして、誠二が目を覚ました。
「おはよう、香織」
「誠二……おはよう」
私は自然に彼の名前を呼んだ。
もう「さん」を付ける必要がないのが、不思議と心地よかった。
誠二は私の腰に腕を回したまま、こちらをじっと見つめてきた。
「なんか、考え事してた?」
私は少し迷ったあと、そっと口を開いた。
「ねえ、誠二。
3年前のことを、覚えてる?」
誠二の表情が、少しだけ変わった。
「……階段の話か?」
私は頷いた。
「うん。あのとき、私、実はびっくりしてた。
完璧な長谷川さんが、あんなに汚い言葉で愚痴ってるなんて……」
誠二は苦笑いをした。
「最悪だったよな。あのときのお前は、笑ってくれたけど」
「笑ったのは……正直、親近感が湧いたから」
私は彼の胸に頰を寄せながら、続けた。
「私もね、昔から『完璧でいなきゃ』って思って生きてきたところがあったの。
仕事で失敗したら終わり、ってくらい追い詰められてた時期があって……
だから、誠二があんなに苛立ってるのを見て、意外と『同じ人間なんだ』って思った」
誠二の腕に、少し力がこもった。
「香織……」
「それで、コーヒーを差し出したの。
『ここで吐き出さないとやってられないよね』って。
本当は、自分も同じだったから」
私は少し照れくさくなって、視線を逸らした。
「だから、誠二の仮面を見破れたんだと思う。
同じ匂いがしたから」
誠二は私の髪を優しく撫でながら、静かに言った。
「俺はあのとき、お前に救われた。
仮面を被り続けなきゃいけない毎日の中で、お前だけは……本当の俺を見ても、引かなかった」
私は彼の胸に顔を埋めて、小さく笑った。
「私も、誠二に救われてたのかも。
あれ以来、完璧でいなきゃって思い詰めなくなったところがあったから」
誠二は私の顎を優しく持ち上げて、キスを落とした。
「ありがとう、香織。
お前が過去を話してくれたこと……嬉しい」
私は彼のキスを受けながら、そっと囁いた。
「これからも、隠さずに話せるといいな」
誠二は私を強く抱きしめながら、低く答えた。
「約束する。
お前が俺のことを全部受け入れてくれたみたいに、俺もお前の全部を受け止める」
朝の光の中で、二人は静かに抱き合った。
過去の階段で出会った二人が、今こうして同じベッドで温もりを分け合っている。
(これが、私たちの本当の始まり)
(第22話へ続く)
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