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嘘つきなキスは、甘口で  作者: 翠緑 顔


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第11話_新しい朝の、隠し事

月曜日の朝、私はいつものようにオフィスに入った。

エレベーターのドアが開いた瞬間、心臓が一瞬跳ね上がった。

まだ7時50分。フロアには数人しかおらず、誠二の姿は見当たらなかった。


(……よかった。少し早く来て、気持ちを整えよう)


デスクに着いてパソコンを立ち上げ、深呼吸をしながら自分に言い聞かせる。

昨夜のことは事実だ。

誠二は私を抱きしめて、「これからは本気だ」と言った。

私はそれを、ちゃんと受け止めた。

でも今は、まだ誰にも知られてはいけない。

私はいつもの「デキる主任」の仮面を被り直し、冷静にスケジュールを確認し始めた。


「……おはようございます、佐藤さん」


その声がした瞬間、背筋がピンと伸びた。

振り返ると、そこに長谷川誠二が立っていた。

スーツはいつも通り整っていて、前髪も完璧にセットされている。

でも、目が合った瞬間に、彼の口元がわずかに緩んだのがわかった。


「おはようございます、長谷川さん」


私はできるだけ事務的に返した。

彼は書類の束を私のデスクに置くと、いつもの爽やかな笑顔で言った。


「今日のミーティング資料です。昨夜、急に修正が入ったので、確認しておいてください」

「ありがとうございます」


指先が、ほんの少しだけ重なった。

ほんの0.5秒。

周りの誰が見ても、ただの書類の受け渡しにしか見えないはずだ。

でも、私にはわかった。

彼の指が、私の指の腹を、そっと、けれど確実に撫でていった。


(……っ)


顔が熱くなるのを必死に抑えて、私は資料を受け取った。

誠二はそれ以上何も言わず、自分のデスクに戻っていく。

背中はいつものように堂々としていて、誰が見ても「完璧な長谷川さん」そのものだった。

私は資料を開きながら、小さく息を吐いた。


(これから、毎日こうするんだ……)


まだ誰にも言えない。

まだ「付き合ってる」と公言できる関係じゃない。

でも、昨夜のキスの感触が唇に残っていて、誠二の「香織」という呼び方が耳の奥でずっと響いている。

私はモニターを見つめたまま、そっと自分の唇に指を当てた。


(……バレないように、頑張らないと)


そのときだった。

パソコンの画面に、社内チャットがポップアップした。


【長谷川誠二】

今日のランチ、地下の休憩室でいいか?

(前みたいに、15分ずらして)

私は画面を見つめたまま、思わず小さく笑ってしまった。

(……相変わらず、ずるい)

返信する指が少し震える。

私は一度深呼吸をしてから、短く返信した。


【私】

わかりました。


送信したあと、私は自分の胸に手を当てて、静かに心臓の音を確かめた。

まだ始まったばかりの、秘密の関係。

でも、妙に胸がざわついて、どこか嬉しい。


(これが……本気、なんだ)


私はモニターに向き直しながら、静かに呟いた。


「よし、今日も頑張ろう」


誰も聞いていないその言葉に、私は小さく頷いた。


(第12話へ続く)

第11話までお読み頂きありがとうございます!

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