↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月魂の命根〜カラス将軍、敵神官への一途な恋が招く世界の終焉〜  作者: 更科 佳世晴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/44

第17話 月影に烏合を下す鴉将軍




 闇の底に繊月(せんげつ)が沈む夜。


 紫耀(しよう)領に乾いた風が砂を巻きあげる中、黎(れい)は数名の精鋭だけを連れ、交渉に応じた湧水泉(ゆうすいせん)の集落へ足をふみいれた。


 敵意のなさを証明するため、分厚い鎧は陣に残してきている。

 帯剣一本の軽装だ。


 分厚い木扉の前で待ちかまえていた番兵たちは、無言で黎に手を突きだした。


 交渉の席に刃は不要。有無を言わさぬ圧力に、黎は静かに腰の剣をはずし、彼らにあずける。


 案内された客間に入った瞬間、外の凍てつく冷気をまとっていた体が、むせ返るような熱気につつみこまれた。


 長椅子も卓もない。床から壁にいたるまで重厚な絨毯(じゅうたん)と厚手の帷(とばり)が張りめぐらされ、外気を完全に遮断している。


 煉瓦(れんが)を積みあげた壁の一部がうがたれ、暖炉の薪が爆ぜていた。


 黎と同年代の首領が、絨毯の上で胡座(あぐら)をかいている。あと十年も生きられぬ残酷な寿命がそうさせるのか、生き急ぐような苛立ちがその所作ににじんでいた。


 黒曜帝国とは、住居も衣の文化もまったく異なる。


 首領たちは色鮮やかな刺繍(ししゅう)をほどこした、首元の高い長衣をまとっている。長い髪には細い編み下げをゆらし、金属の飾りがにぶく光る。


 質実剛健を重んじる帝国兵とは対極にある、装飾的で異質な出立ちだ。

 湿気のない風土ゆえか、彼らの肌はひどく乾き、髪は砂をはらんでパサついている。


「我らの土地では、客には必ず乳茶をふるまう。敵意がなければ、無言で飲み干せ」


 配下の男が、陶器の器を黎の眼前に突きだす。かいだことのない薬草と、山羊の乳のむっとする香りが鼻をついた。


「黎将軍。毒の危険が」


 背後の部下が耳うちする。だが、黎の野生の本能はいっさいの警鐘を鳴らさなかった。


 器をうけとり、一息に飲み干す。

 空になった陶器を逆さまにし、絨毯の上に置いた。


「敵意はないが、度胸はある」


 首領が不敵に口角をあげる。黎は冷徹な視線を返した。


「傭兵の勧誘に来た。貴殿も剣をにぎる戦士なら、毒などというつまらん殺し方より一戦交えるほうを選ぶはずだ」


「ふん。書状は読んだ。詳しい話を聞かせろ。お前たち帝国軍が本当はなにを企んでいるかもな」


 隙のない紫の瞳が黎を射ぬく。

 黎が懐から書状を取りだし、絨毯に置こうとした瞬間だった。


 屋外から、鼓膜を裂く鋭い破裂音がとどろいた。


「チッ、南の里の連中か! 帝国の犬になり下がる俺たちを消しに来たな!」


 首領が怒号とともに立ちあがる。交渉相手と対立する別の首領が放った刺客(しかく)だ。


 窓ガラスが粉々に砕け、壁の帷がひき裂かれた。夜風とともに、紫の髪をふり乱した暗殺者たちが室内へなだれこむ。


 彼らの両手から、網膜を焼く紫と白の閃光——極限まで大気を圧縮した錬丹術が放たれた。


「ふせろ!」


 首領が叫び、隠し持っていた短剣を抜いて光の刃へ応戦する。


 だが、玄関側に立っていた首領の配下が、刃に触れてもいないのに絶叫をあげた。

 男の皮膚が急速に水ぶくれを起こし、どろりと黒く腐り落ちる。


 熱を持たない不可視の光線が、肉体の細胞を内側から破壊していく。

 紫耀特有の、おぞましい近接暗殺術。


 黎は玄関へと一直線に走り、番兵にあずけていた己の導剣をつかみ取った。

 刺客の放つ不可視の刃が、黎の顔面へ肉薄する。


 黎は詠唱を短縮して剣を引き抜き、黒曜の不可視の斬撃を放ち相殺した。衝撃で刺客の体が真横に割れ、くずれ落ちる。


 せまい室内で、交渉相手と刺客がいり乱れる。


 紫の血しぶきが豪奢な絨毯をよごし、凄惨な殺し合いへと発展した。精鋭の帝国軍部下たちも巻きこまれ、一瞬で体を撃ちぬかれ、床に伏していく。


「黎将軍、斬撃で一掃を!」


「だめだ!」


 部下の叫びを黎は制する。


 ここで黒曜の術を広範囲に放てば、交渉相手の配下まで切り刻んでしまう。それでは、この襲撃自体が帝国軍のワナだと見なされる。


 制約に縛られた一拍の隙。光線をやり過ごした刺客の一人が、音もなく黎の死角へもぐりこんだ。


 見えない光の刃が、黎の頸椎(けいつい)をとらえる寸前。

 黎は、軍服の襟を乱暴に開いた。


 漆黒の闇が弾け飛ぶ。

 いっせいに舞い散った黒羽根が、黎をおおいつくし、敵の視界をふさいだ。


 黎の右腕から肩、うなじにかけての輪郭が、無数の黒い羽毛をともなう巨大な怪鳥の部位へと瞬時に変異する。


 分厚い羽が不可視の術を弾き返し、焦げた臭気が室内に充満した。


「な——!?」


 暗殺者たちが驚愕に見ひらいた目の前で、大鴉の右半身が完全な実体化をとげる。


 黎の右腕はまがまがしい鉤爪へと形を変え、夜気すら切り裂く神速で横一文字になぎ払われた。


 爪先が閃くたび、刺客たちの首が次々と宙を舞う。

 剣先を向けてきた別の刺客には、巨大な肩羽を猛然と羽ばたかせた。


 暴風と漆黒の羽毛が顔面にたたきつけられ、思わず目を閉じた敵の喉笛を、右手の鉤爪が軽々と刈り取る。不可視の術を編む暇など与えない。


 顔と左半身は人間。右半身は異形。

 大気のゆらぎと体臭だけで敵を捕捉する黎は、死肉をあさる夜の怪鳥そのものだった。


 わずか数呼吸。侵入した数人の暗殺者は、誰ひとりとして悲鳴をあげる間もなく、絨毯の上で肉塊へと変わっていた。


 紫の血をしたたらせた鉤爪をひるがえし、黎は静かに人間の姿へと戻る。

 片腕を負傷した首領は、腰をぬかして床へへたりこんでいた。


「……話の続きをしようか。それとも、傷の手当が先か?」


 返り血をあびた黒曜の武官服の襟元を正し、黎は冷淡な瞳で首領を見下ろす。


 首領は武器をかまえるどころか、ガタガタと全身を震わせたまま黎を見上げている。その瞳に浮かんでいるのは、暴力への恐怖だけではない。もっと根源的な畏怖(いふ)だった。


「光精霊の使い……霊光(れいこう)……!」


「なに?」


「霊光をあやめれば、来世は殺した動物に堕ちる。あんたを殺せば、俺たちは来世で鴉の群れとして死肉をあさることになる。俺たちは、あんたと戦えない……!」


 首領は完全に戦意を喪失し、配下の男たちも力なく武器をなげ捨てて平伏していく。


「……霊光とはなんだ」


「あんたの国では半獣とよぶのだろう。俺たちの土地では、光精霊に呼応して生まれる清らかな魂をいう。人界で徳を積んだ動物が、人間に生まれ変わった存在だ。物心ついた頃から、月守とならんで尊んできた」


 黎は内心、風習の真逆さにあっけにとられた。


 帝国では疎まれる穢れた血が、紫耀領民の間では神聖な存在として恐れられている。

 思いがけない迷信が、交渉の最強の切り札に変わった瞬間だった。


 この夜を境に、紫耀領の勢力図は劇的にぬりかわっていく。




*




 霊光の加護を持つ『鴉の将軍』の噂は、砂風にのってまたたく間に各集落へ伝播した。


 黎はあせらない。己の手をよごすのは最小限にとどめ、同盟を結んだ傭兵たちに豊富な物資を与え、帝国に下らない抵抗勢力と徹底的に競わせた。


 動物の群れが争うのを木の上から見下ろす鴉の理。彼らが殺し合い、勝者が敗者を喰らい、黒曜の群れが十分に肥え太るのを待つ。


 そして、群れが領土の過半数を制したと判断した瞬間。

 黎は温存していた主力部隊をいっきに解き放った。


 内紛で血を流しつくしていた残存勢力は、怒涛の進軍の前になすすべもなく蹂躙(じゅうりん)され、乾いた砂のごとく散っていく。


 歴代の将軍たちが攻めあぐねた紫耀領は、ひとりの若き千人将の『野性の軍略』によって、完全に黒曜帝国の版図(はんと)へとのみこまれた。




<タイトル/慣用句>

烏合の衆 (うごうのしゅう):

規律や統制がなく、ただ数だけが多くてまとまりのない群衆や集団。

統率のとれていない兵士や、組織として機能していない人間の集まりを悪く言う時に使う。


小説挿絵はこちら

https://note.com/k_s_shina/n/nd88b570ecc22


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。