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月魂の命根〜カラス将軍、敵神官への一途な恋が招く世界の終焉〜  作者: 更科 佳世晴


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第1話・後編 雲を鴉

2026/09/13 改稿(最新)



 

「よくその髪と血で、この黒曜領内を歩けたな。見つかれば即座に殺されるぞ」


「知ってる。......私の故郷も焼きはらわれて、必死で逃げてきたの」


「敵領のガキが包囲を破れるわけがねぇ。どんな手を使った」


「私も、烏丸と同じような力を持ってるから」


 首をかしげた烏丸の前で、出雲は食べかけの柿を地面に置く。

 そして、胸の前で両手の指を複雑にからめ合わせた。


 左手の手首に刻まれた幾何学の紋様が青白く明滅する。


「光糸(こうし)を編み、水鏡(みずかがみ)を結べ。───幻影霧鏡(げんえいむきょう)」


 出雲と烏丸の間の空気に亀裂が走った。光が屈折し、無数の微粒子が散華するように空間を乱反射する。


 次の瞬間、烏丸の目の前にいた灰色の少女はかき消え、そこには黒髪黒目を模した、見慣れた黒曜の少年の姿が立っていた。


「......出雲?」


「ここだよ」


 少年の唇から出雲の声がひびく。匂いは出雲のままだ。


「霊術で光をゆがめて、烏丸の姿を私の身体に映し出してるの」


 出雲が深く息を吐き出すと、空気のゆがみが弾け、元の灰色の姿へと戻った。


 途端、出雲は膝からくずれ落ちそうになる。額には大量の冷や汗が浮かんでいた。


 発動の代償として、体力を激しくけずり取る術のようだ。


 彼女は懐から土よごれのついてくすんだ白布をとり出し、灰色の髪と首元を固くおおい隠す。


「私には、自分をいつわるこれしか使えないから。───月守(つきもり)様なら、もっとすごい奇跡を起こせるって聞いているよ。この戦を終わらせてくれないかな」


「神頼みかよ」


「私は、人の痛みがわかる神様だって信じてる」


 飢えと疲労の極限にあってなお、その声にはいっさいの疑いがない。


 烏丸の胸の奥で、冷ややかな感情がうずをまく。


 神などいない。いるとすれば、この戦火を放置している悪鬼だけだ。


 烏丸は布を巻いた出雲の頭を見つめる。


 身寄りのない敵領の少女は、これからどう生きぬくのか。少女を置いていくか否か。


 野山で孤立した野生暮らしは、いっさい助けもなく命懸けだ。かといって、人里では仕事も得られず、一生を鎖でつながれ使役されるしかない半獣が、他人の面倒を見れるはずもない。


 考えるまでもなく、答えは出ていた。


 せめて今晩だけしのげるよう、この森の安全な寝床に案内してやろうかと思ったその時、烏丸の耳がピクリと動いた。


 鴉の聴覚が、数百歩先の藪(やぶ)を押し分ける金属音を拾う。甲冑のすれる音だ。


「伏せろ。兵士だ」


「……っ」


 低い声で告げると、出雲の顔から血の気が引いた。


「もう一度、さっきの化け術を使えるか」


「うん、やる」


「俺の背中に隠れろ。引きつけた隙に、化けろ」


 樹木の隙間から、黒曜帝国の重装歩兵二名が姿をあらわした。


 胸甲に刻まれた帝国軍の朱印が、斜陽で血のようににぶく光り、ぬき身の長槍が冷たく光っている。


「この付近だ! 灰色の髪をした逃亡者を探せ!」


 殺気立った怒声。どうやら出雲は、あの兵士たちから逃げまわっていたらしい。


「烏丸……あなたまで巻きこまれる」


「黙ってろ」


 烏丸は出雲をかばうように一歩前へふみ出し、兵士たちの視界に入る位置へとおどり出た。


 背後でひそやかな詠唱が聞こえ、かすかな霊力の波紋が烏丸の背をなでる。


「誰だ!」


 兵士がいっせいに長槍の穂先を烏丸へ向ける。


「人の縄張りでうるせえ」


 烏丸は両手を軽くあげながら、面倒くさそうに首を鳴らした。


「このあたりで灰色の髪のガキを見なかったか!」


「見てねぇな」


「本当だろうな? かくまえば同罪だぞ」


 兵士のギラついた視線が、烏丸の背後へ向いた。そこには、黒髪の少年に姿を変えた出雲が立っている。


 だが、兵士の威圧感に気押され、肩が限界までこわばっていた。怪しまれるのは時間の問題だ。


 烏丸は一歩ふみ出し、兵士たちの眼前をさえぎった。瞳孔を散大させて凝視する。まとう空気が一瞬で張りつめ、飢えた鴉の獰猛な威嚇(いかく)へ変貌をとげた。


「おい。俺の弟がおびえてるだろうが。さっさと消えろ」


 低い、だが確実に鼓膜を刺す殺意。


 鉄甲に身を包んだ二人の兵士は息をのみ、喉元を冷たい刃でなでられた悪寒に直面した。


 だが、甲冑の重みで身を固めた男たちは、すぐには引かない。


「餓鬼ふたりが、こんな森でなにをしてやがる」


「食いもん探してたんだよ」


「......この、なにもねえ雑木林でか?」


「だから腹減って困ってんだろ。おっさんら、干し肉の一切れも持ってねえのか。俺たち育ち盛りなんだよ」


 不遜に鼻で笑い、骨ばった片手をさし出す。

 兵士たちは忌々しそうに顔を見合わせ、身構えていた長槍の柄を引き寄せた。


「……チッ。薄汚いドブネズミどもが。うろチョロしてんじゃねえぞ」


 草むらを踏みつける荒い足音が遠ざかり、湿った風が雑木林を吹きぬけていく。


 気配が完全に消えた瞬間、烏丸は肩の力をぬいてふり返った。


 胸の奥で荒い鼓動が波打つ。


 帝国に追われる血をもつ少女を、衝動的に隠してしまった。発覚すれば、自分のような浮浪児などその場で首を跳ねられる。


 失うものなど己の命以外にないからこそ、刃の前でも強気でいられたにすぎない。


「もう行ったぞ。解け」


 声をかけると、空気に混ざっていた透明な光の粒子が弾け飛んだ。術が解かれ、少女の姿が元の泥に汚れた灰色の姿へと戻る。


 それと同時に、細い身体が膝からくずれ落ちた。烏丸はとっさに手を伸ばし、小さな肩を抱きとめる。


「おい、しっかりしろ!」


「へいき……少し、休めば……」


 腕の中で、出雲がとぎれとぎれの息を吐く。見上げる目元には、疲労を濃くしたくすんだ色と、銀灰の長いまつ毛が弱々しくまたたいていた。


 烏丸は重い息を吐き出すと、落ちていた柿の泥を服の袖でぬぐい、彼女の指に握らせた。


「これも全部食え。腹が減ってたら、いざって時に逃げることもできねえぞ」


「......ありがとう」


 潤んだ瞳が見つめ返してくる。


 出雲は熟しかけた黄色い側にかじりついた。その掌には、硬く小ぶりな青柿がひとつ残されている。


「半分よこせ。俺も腹が減った」


 出雲の汚れた顔に、今日一番の笑みが灯る。


 ふたりはコケむした倒木へならんで腰かけ、柿を分け合う。


 ひと口噛みくだけば、舌の奥を刺す猛烈なしぶみが広がる。それでも、ひとりで噛みしめていた寂しい果実より、ほんの少しだけ甘かった。



 後に烏丸は、この日の光景を何度も反芻することになる。


 森の中で拾いあげたのは、ただの飢えた少女ではない。決して交わるはずのなかった、人ならぬ者たちが狂乱する神話の始まりそのものだったのだと。




読んでくださってありがとうございます!

転生者が主人公となる本編に描けない建国神話の「消えた史実」を一本の作品にしました。

ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!



今後、後書きに掲載するもの2点はこちら。



①タイトルは最終話まで「月」「鴉」「雲」「狐」慣用句など言葉あそびで内容を表しています。

全タイトルのうち、知らない慣用句や言葉はありますか。


<タイトル/慣用句>

鷺(さぎ)を烏(からす):

白いものを黒いと言い張るように、不合理なことや間違ったことを強引に正しいと主張・言いくるめることのたとえ。

カラスは神の使い・吉兆の象徴。天(神々)地(自然)人(人間)を表す3本足の八咫烏は導きの神。和風の雲の模様は総称して「雲文(うんもん)」はおめでたい吉祥文様。



②エピソードごとの挿絵イラストを掲載したnoteリンク。

画像は健全を意識していますが、たまに戦争・暴力表現で流血や寵愛のBL匂わせが入るので、15歳以上を推奨しています。


このエピソードの小説挿絵はこちら

https://note.com/k_s_shina/n/n4ef13d2b2076?sub_rt=share_pw


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