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第二号適合者  作者: kabirun


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3/6

第三号 開けてはいけない扉

「お母さん、開けないで!!」

悠真の叫び声が家の中に響いた。

玄関の向こうで、母の動きが止まる。

「えっ、どうしたの?」

「いいから、扉から離れて! 早く!!」

悠真は廊下を駆け抜けた。足音がうるさい。心臓が痛いほど脈打っている。それでも走るのをやめなかった。

玄関の向こうから、母の戸惑った声が聞こえる。

「悠真? 何があったの?」

「説明はあと! 今すぐ離れて!」

ガチャリ。

鍵が回る音がした。

悠真は玄関へ飛び込んだ。

「開けるなって言ってるだろ!!」

普段なら絶対に口にしないような声だった。

母の手が止まる。

その直後、扉の向こうから音がした。

コン。

コン。

まるで、誰かが母の帰りを待っていたかのように。

母の顔から血の気が引いていく。

「……何の音?」

悠真は答えなかった。

答えられなかった。

扉の隙間から、何かが擦れるような音が聞こえる。金属を爪でなぞるような、嫌な音だった。

ギィ……。

扉の外側で、何かが動いている。

母は悠真の腕をつかんだ。

「悠真、いったい何がいるの?」

「わからない。でも、絶対に開けちゃ駄目だ」

そのとき、玄関の扉が大きく揺れた。

ドンッ!!

母が小さく悲鳴を上げる。

悠真は母をかばうように前へ出た。けれど、目の前にあるのはただの扉だ。特別な力も、怪物と戦う方法も知らない。もし扉が破られたら、二人とも終わりかもしれない。

ドンッ!!

二度目の衝撃。

扉の取っ手が、ゆっくりと下がった。

鍵はかかっている。それでも、外側から何かが取っ手を動かしている。

悠真はその光景を見つめながら、ひとつのことに気づいた。

さっきの化け物は、ずっと家の中へ入ろうとしていたわけじゃない。

あいつは、こちらの反応を確かめている。

音を立てれば動く。

人が近づけば、扉に触れる。

まるで、こちらの行動を学んでいるみたいに。

「……お母さん」

「なに?」

「絶対に声を出さないで」

母が口を押さえた。

悠真は玄関から少しずつ離れ、廊下の角まで移動した。扉の向こうの気配を確かめる。

取っ手が戻った。

しばらくして、足音らしきものが遠ざかる。

それでも、悠真は動かなかった。

一分。

二分。

五分。

何も聞こえなくなってからも、さらに待った。

やがて母が、小さな声で尋ねた。

「……もう、いなくなったの?」

「まだわからない」

悠真は窓から外を確認したかったが、さっきの化け物がどこへ行ったのかもわからない。不用意にカーテンを動かせば、こちらの位置を教えることになるかもしれない。

「お母さん、さっき外で何を見たの?」

「何も見てないわ。家に帰ってきたら、あなたが叫んで……」

「家の前に、変なものがいたんだ」

母は黙った。

悠真は、見たものを説明しようとした。人間のような形をしているのに、人間ではない。顔には何もないのに、こちらを見ていた。

けれど、言葉にすればするほど、現実味がなくなっていく。

「……とにかく、外は危険だ。しばらく出ないほうがいい」

母はうなずいた。

その表情を見て、悠真は初めて気づいた。

母の手が震えている。

自分だけが怖いわけじゃない。

母も同じように怯えている。

それなのに、自分は母を安心させる言葉ひとつ、かけられなかった。

「ごめん」

悠真は小さく言った。

「え?」

「もっと早く、ちゃんと説明すればよかった」

母は首を横に振った。

「謝らなくていいの。あなたが止めてくれたから、私は扉を開けずに済んだんでしょう?」

悠真は返事ができなかった。

母は、そっと彼の頭に手を置いた。

「ありがとう」

その言葉が、胸に刺さった。

自分は何もしていない。怪物を倒したわけでも、誰かを救い出したわけでもない。ただ、考えて、叫んで、扉を開けさせなかっただけだ。

それでも、母は感謝してくれた。

悠真は、その感覚を忘れないようにしようと思った。

恐怖の中でも、考えることをやめてはいけない。

そうしなければ、今度こそ大切な人を失う。

その日の夕方、悠真はノートに新しい記録を書き加えた。

『観察記録・その一』

『怪物は音に反応する。ただし、音だけを追うとは限らない』

『人間のいる場所を探している可能性がある』

『扉の取っ手を動かした。人間の行動を理解している可能性あり』

ペンを止め、少し考えてから、最後に一文を付け足した。

『見つかったと思ったら、すぐに逃げる。相手が何を考えているかは、わからない』

書き終えたところで、スマートフォンが震えた。

悠真は飛びつくように画面を見た。

蓮からの通知ではない。

知らない番号からのメッセージだった。

『このメッセージを見た人へ。市内で複数の異常生物が確認されています。夜間の外出は避け、可能な限り屋内に留まってください。救助活動は現在――』

文章は途中で途切れていた。

続きはない。

悠真は画面を見つめた。

救助活動。

まだ、助けてくれる人たちがいるのだろうか。

警察や消防は動いているのだろうか。

それとも、もう……。

考えたくなかった。

そのとき、もう一度スマートフォンが震えた。

今度は、蓮とのメッセージ画面だった。

新しいメッセージが届いている。

『悠真』

たった二文字。

それだけで、悠真の心臓が跳ねた。

『蓮!? どこにいるんだ!?』

すぐに返信する。

既読がついた。

けれど、返事は来ない。

一分が過ぎる。

二分が過ぎる。

そして、ようやく画面に文字が表示された。

『ごめん』

悠真は息を止めた。

『俺、もう普通じゃないかもしれない』

指先が冷たくなった。

続けて、メッセージが届く。

『さっき、怪物に襲われた人を助けようとした』

『でも、間に合わなかった』

『俺が近づいたときには、もう……』

文章が途切れていた。

悠真はスマートフォンを握りしめた。

蓮が誰かを助けられなかった。

あの蓮が。

何よりも人を助けたがっていた、あいつが。

『蓮のせいじゃない』

返信を打つ。

『お前が悪いわけじゃない』

送信した直後、返事が届いた。

『違うんだ、悠真』

『俺が近づいたら、怪物が逃げた』

『それだけじゃない』

しばらくして、最後のメッセージが表示された。

『助けようとした人が、俺を見て逃げたんだ』

悠真は画面を見つめたまま、動けなかった。

蓮は人を助けようとした。

それなのに、助けようとした相手から逃げられた。

どうして。

蓮に何が起きているのか。

あの黒い印は何なのか。

悠真は返信欄を開いた。

何を書けばいいのかわからない。

励ますべきなのか。

質問するべきなのか。

それとも、今すぐ会いに行くべきなのか。

結局、短い言葉しか打てなかった。

『俺はお前を信じてる』

送信する。

既読がついた。

それから、しばらく何も起こらなかった。

やがて、蓮から一言だけ返ってきた。

『ありがとう』

そのメッセージを最後に、画面は静かになった。

悠真はスマートフォンを胸に抱えた。

まだ、蓮はそこにいる。

自分の知っている蓮が、確かにそこにいる。

そう信じたかった。

しかし、その夜。

悠真が眠りについた頃、家の外で再び音がした。

コン。

コン。

玄関の扉を叩く音。

今度は、誰の声もしなかった。

ただ、扉の向こうから、かすかな声が聞こえた。

「……ユウ、マ」

悠真の目が、暗闇の中で開いた。

それは確かに、蓮の声だった。

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