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気儘で不定期な更新を待っていてくださる読者様、本当にありがとうございます。
業開始前の本棟二階の一角。人目につきにくいところに集まっているのは、意味は違えど総じて有名人ばかりだった。
「おはようございます。コイブサーリ閣下、コイブサーリ嬢、そしてアハテー様」
「おはようございます、カリ嬢」
凛とした空気を醸し出すのは、まさしくコイブサーリ子爵令嬢リーラだった。とても普段見ている、貴族令嬢とは思えない雑な態度ではない。
だが、見てみればいつもと変わらないのはオフィーリアだけだった。リアムもミックも、程度の差はあれどそれぞれが立場に相応しい雰囲気を纏っている。
立場のある人間の厄介なところに苦笑する。険悪な雰囲気でないのが幸いだが、良好とも言えない。だが、此処で双方の仲介人となるのはオフィーリアしかいない。
「まぁ、皆さんお互いのことはご存知のようなので私からの紹介は省略させて頂きます。で、時間もないので本題に入りますね」
四半刻もしないで授業が始まるようなときにする話題ではないが、今を逃したら夕方までに全員が集まれる保証はない。お昼休みはあるが、そこでオフィーリアたちとセシリアが同席したら否応なしに目立ってしまう。
「まぁ単刀直入に言うと、フラウホーファーでの野外実習にセシリア様が名乗りを上げてくださいました。皆知っている通り、セシリア様は水属性で私たちには足りていない。在り難い申し出だと思うんだけど」
此処へ呼び出す前に、一度戻った寮でリーラに説明してあったことを、改めて全員の認識確認のために告げる。三人とも表情に変化は見えず、視線を交わすこともなく頷いた。
「願ってもおりません」
「どうぞ宜しくお願い致します」
簡潔だが歓迎の意を示したミックとリーラに、セシリアの肩の力が少し緩んだ。人柄を計ろうとする視線を受けていた二人からの言葉に安堵したのだろう。
「パルトロウ公爵公子閣下と並ぶカリ嬢と同じグループとは、光栄ですね」
思わずギョッとしてしまった。挑発的な発言をしたのは、意外なことに微笑んでいたリアムだった。好戦的なリーラならば言いかねないと思って視線を送っていたが、リアムには安心しきっていた。
学園内では皆学生であり、身分の上下はない。其れは、建前だ。学園外よりは薄い身分制度は、それでも確かにある。リアムが幾らセシリアよりも爵位が上であり、かつ嫡子だとしても喧嘩腰は将来、その家の名を背負う者には相応しくない。そんなことは本人が一番わかっている筈だ。
セシリアは、口元に緩く握った掌をあてて笑った。
「此方こそ。ここ数年、コイブサーリ子爵領軍の双璧と名高いお二人と共同戦線を張れるなんて、身に余りますわ。落雷と氷雪の嵐に飲み込まれないように努めさせて頂きます」
「ほぉ、二年前の防衛線をご存じでしたか」
「私も一応は爵位を掲げている家の者なので。力ある方々のお話は嫌でも耳に入ってきます」
リーラとリアムの雰囲気が僅かに重くなり、その空気を受けてミックは商売人の顔になっている。どこでリーラとリアムが引っかかったのかはオフィーリアとミックにはわからなかった。ちらりとミックと視線を交わし、お互い答えがわかっていないことを確認して少し安心すると同時に、情けなくなる。
「……えーと、話に割り込んでしまって申し訳ございませんが、そろそろ始業時間かと。俺たちはそろそろ行かないと遅れてしまうので」
「あぁ、そうだな。また」
長い階段と廊下を経て、下の階にあるフィアとミックの教室は遠い。オフィーリアとミックは他の三人がそのまま二階に残って探り合いを続けるのではないかと心配だったものの、幸いなことに三人も教室に向かって歩き始めた。
角を曲がり、階段を降り始めたところでミックと再び視線を交わす。そして、お互い妙な疲労を感じているのがわかった。
「なんだよ、あれ。なんでリアムがあんな突っ掛ってるんだよ」
「ねー。一番高い可能性としてはリーラだったんだけどな」
「綺麗な顔が二人揃ってニコニコして向かい合っているのって、怖いんだな……」
まるで力を根こそぎ奪われたようにげっそりとしているミックに、強く頷く。二人とも似た系統の美人さんで、大変目の保養になる。だがその分、腹を探りあっているのは見ていて恐ろしかった。リアムが女性的な美しさなのは口にしてはいけないが、彼を見た人間の共通認識だ。
「ねぇミック、二年前の防衛線ってなんのこと?」
傍から見て、ぎりぎり早足に見える速さで連れ立って歩く。揺れる髪の狭間から、除くように伺ったミックの表情は、同級生としての彼の中にアハテーの跡取りが見えた。
「俺もわかんねーよ。ただ……」
「ただ?」
「……二年前、アルクラ王国との国境付近――北西部にある領地から、何故か大量注文が一度だけ入った。他の商会に声はかからなかったようだが、アハテー商会以外では集めることが出来ない量の。うちだって、倉庫までひっくり返してやっとだった」
「注文の品は?」
「巨大な硝子板だ」
「硝子? 高いんじゃないの?」
硝子を知っていたのかと言わんばかりに軽く見開かれたミックの目に、失言だと悟った。この世界では極々一部の有力者しか手に入れられないという其れは、どうやら庶民は存在すら知らないのが普通のようだ。
「あぁ、高い。現にうちの倉庫にあっても年に一枚売れるかどうかだ」
「ちなみに、何枚売れたの?」
「横三尺の縦七尺が三枚だな。田舎の町村なら二つ三つ買えるぞ」
翠の感覚では在り得ない、だけどこの世界での高級品が運ばれた先。北西にあるアルクラ王国との国境付近から王都へ馬を半日走らせると、隣領地になる。コイブサーリ子爵領に。
黙り込んで、教室へ向かう足を止めないまま二人して口を閉ざした。
*****
時間を合わせることは難しいと思っていた昼食は、問題なく五人揃った。但し食堂棟ではどうしたって目立ってしまうので、高等部棟と基礎学部棟との間の、狭い小路で。石造りの腰掛は朝の雨のせいで濡れてしまっているが、この場合に於ける風魔法の次善――火魔法でミックが蒸発させた。
身分云々は置いておいて、早く授業が終わったオフィーリアとミックが売店で適当に食べ物を購入し、全員揃ったところでセシリアから選んでもらう。お客様扱いもあるが、彼女の好みがわからないのが最大の理由だ。
「あと一人、どうしようね」
ある意味呑気なオフィーリアに、ミックも頷いた。
「セシリア、何方か推薦したい人は」
「残念ながら。自分が悪いんだけど、学園内での交流関係は悪いもので」
「寮生とか……」
「私は屋敷から通っているのよ」
セシリアの言葉に首を傾げたのは、オフィーリアだけではなかった。リーラも不思議そうにしている。
王都ベッケンバウアーに屋敷を持つのは、大貴族が殆どだ。地方貴族でも持っていることは持っているが、使用人が常駐している訳ではない。子ども一人の為に身の回りの世話をする相応の人数を手配するほどの余裕がある貴族は多くない。また、学園の鉄壁の防衛内の安全性は金銭で買えるものではない。従って上級貴族以外は寮生であり、上級貴族でも何名か入寮している。強制でも拒否するわけでもないので、建物は二つに分かれても結構な身分が集っていた。
「屋敷と云っても、家の者は数人しかいないけどね。元からあまり多くは雇っていなかったので、身の回りの整理は自分でしているし」
保護者二人から王都で部屋を借りるように駄々を捏ねられたのを思い出し、オフィーリアはなんとも座りが悪くなった。つい先日会ったイシュメルはまだいい。問題は、本来はそんなに頻繁に国を離れられないコンラッドは、更にオフィーリアと会いにくくなることに対してあからさまに不貞腐れた。外見は兎も角、いい年した大公のすることではないと説教をしたことを思い出していると、メンバー編成に話は戻った。
「提出期限まであと二刻ちょっとかぁ。あと一人……どうしよう」
「急な話を投げた先生たちが悪いけど、文句を言っても始まらないしな」
自然と重たくなる溜息の嵐にだらけていると、セシリアが気まずそうにしていた。
「人数合わせだろうがなんだろうが、足りないことには実習どころではないしね。探すうえで、能力の他に条件はあるの?」
最大の障害をサラリと問われ、リーラが乾いた笑いを零しながら昨日と同じことを言う。頬が引き攣るのが隠せないセシリアと、苦笑いを隠そうともしないオフィーリアを見て、リーラは一段と大きなため息をついた。
「……と、言ってももうそんな贅沢言ってられないのよねぇ。仕方ないからもう勘で声かけようかしら」
「勘までいかなくても、皆なら彼方から声をかけてくるでしょうに」
忘れていたが、昼休憩のときに会ったセシリアとリーラ、リアムからは険悪な空気も敬語も消えていた。リアムに訊いてみると、子どもっぽく場の空気を悪くしたことを謝罪されただけで、理由は教えてもらえなかった。身分を気にして敬語を続けていたオフィーリアとミックに対し外すように言われ、ミックは大人しく従った。そのことに驚愕しながら、ミックにつられるようにしてオフィーリアからも外れた。
その穏やかな空気に、どうしようもない郷愁を覚えた。
学園やジンデル、近隣諸国の地図を人さまに見せられるレベルにしたいなーと思っているのですが、……地図のセンスが皆無なことを再確認させられました。
友人が読解できるレベルにできたら仕上げは投げます。←




