01-08.初めての魔獣戦
やっべ!! なんか出てきたぁ!?
遂に禁書庫の封じられた扉を開ける事に成功し、喜び勇んで乗り込んだのは早数時間前。
楽しい読書タイムは唐突に生じた轟音によって終わりを迎えた。
現れたのは一匹の獣。見るからに禍々しい気配を纏っている。
これが魔獣だ。間違いない。この目で見るのは初めてだけど、知識だけは散々頭に叩き込んできた。
何故禁書庫に魔獣が現れたのかなんてわからない。当然の話だけど、まさか城の中にこんな化物を飼っていたなんて夢にも思わなかった。
そりゃあ書庫に魔獣を封じる経緯なんて想像もつかないよね。いやまあ、物語的にはありがちなのかもだけどさ。だとするなら、たぶんどっかの本に封じられていたとかだよね。私が近づいたせいで目覚めちゃったみたい。
あれだ。きっと私の魔力に惹かれたんだ。美味しい餌が飛び込んできたと誤解したんだ。さぞかし空腹だった事だろう。
流れとしてはたぶんそんなところだよね。合ってるのかは知らないよ。今はそんなこと考えている場合でもないしね。
どうしようこの状況。私はまだ魔術なんて使ったこともないのに。封印を解いた魔石も攻撃に転用出来る程の威力はない。あくまであれは鍵として作った特別製だもの。
……いけるか? ぶっつけ本番。
幸い禁書庫の本を読むだけの時間はあった。お陰で私の特別な魔力の扱い方にも目処が立った。
迷っている時間はない。あいつが外に飛び出したら大変マズいことになる。影の英雄どころか大罪人だ。城の中に封じられた魔獣を解き放ったのだ。マジで洒落にならん。
「「「グォォォォオオオ!!!!」」」
あんまり吠えないで。ワンちゃん。
誰か聞きつけて様子を見に来たらマズいんだってば。
「こっちだ! 犬っころ!!」
取り敢えず奥へ行こう。入口近くで戦うわけにはいかないのだ。
幸い三つ首ワンちゃんは付いてきている。まさに一心不乱だ。よだれを撒き散らし、血走った六つの眼で私を睨み、その巨体で禁書庫の書棚を吹き飛ばしながら、がむしゃらに私を喰らおうと、首を必死に伸ばして喰み続けている。
牙同士がぶつかる音がまた凄い。
バクバクでもカチンカチンでもない。ガキンガキンですらない。グイングオンって感じだ。巨大な金属同士がもの凄い勢いで擦り合わされているかのようだ。音速超えているんじゃなかろうか。音的に。
ぶっちゃけ普通に怖い。おしっこちびりそう。
掠りでもすればおしまいだ。まさに死の恐怖が形を伴って追ってきているのだ。
しかも問題はそれだけじゃない。魔獣が散らかした禁書の数々までもが何やら不穏な気配を漂わせている。
これ以上暴れさせてはいけない。さっさとケリを付けないと私の命一つじゃ収まらない。
だからもう逃げるのは無しだ。十分奥へと連れ込めた。
てか禁書庫広すぎない!?
外の間取りから見てた分の何十倍もあるんだけど!?
てことはだ! つまり出来るんだ! 私の魔力なら!!
「勝負だ!!」
「「「グォォォォォォォォォォォオオオオン!!!!」」」
足を止めて振り向いた私に、三つ首が一斉に襲いかかってきた。
どの首が私を平らげても収まる胃袋は一緒だろうに。まるで取り合うかのように押し合いへし合い突っ込んでくる。
「我が敵を妨げよ! 【断空】!!」
突き出した手の平の先に空間を分断する壁が現れる。
私の魔術属性は「空」。
地水火風のいずれにも属さぬ第五の魔術属性。
或いは光と闇を含めた六属性からも外れた、第七の属性。
望んでいた風魔術とは全くの別物だ。
「「グルァァァァ!?」」
【断空】は三つ首ワンちゃんの口撃を見事にしのぎきってくれた。
それどころか、一切その場から動くことなく完全に受け止めてみせた。
魔獣にとっても完全に想定外の事態であったようだ。勢いがつきすぎていた魔獣の首、特にその衝撃をもろにうけた真ん中の一つが、ぐっちゃぐちゃに折れ曲がり、血しぶきを上げながらぺしゃんこになってしまった。
グロい……。
【断空】は無色透明だ。
もろ正面から潰れる瞬間を見てしまった……。
「「グォォォォォォォォォォォオオオオン!!!!」」
魔獣が怒りに燃えている。残った二つの首が兄弟の死を悲しむように上を向いて雄叫びを上げた。
もちろんそんな隙は見逃さない。
「我が敵を切り裂け! 【断空】!!」
今度は空間を切り裂く刃が飛んでいく。
呑気にも敵の眼前で首を伸ばしてくれたのだ。狙いやすくて助かるってもんだ。
「グルァァァァ!!!!!」
ちっ。一本逃したか。
右の一本はすっぱりと切り落とせたものの、左の首には反射的に避けられてしまった。
しかも残った左首だけでも十分な運動能力を維持しているようだ。痛みに悲鳴をあげつつも、地を蹴って遠ざかった。
あんなに切れ味鋭いなら最初から胴を狙うべきだった。
私もついつい釣られてしまった。狙いやすい首があったからそこに攻撃すべきと思いこんでしまった。
たぶん実戦経験が足りていないのだ。そりゃそうだ。初めての実戦だもの。もちろんユキノとの模擬戦なんかは毎日のようにしてきたけど、命の掛かった戦いなんて初めてだ。
大丈夫。私は冷静だ。落ち着いてトドメを刺そう。先ずは【断空】で壁を作ってーーしまった!?
逃げ出した!? マズい! 入口の方へ!?
「【断空】!!」
外した!?
「くっ! 狙いが!」
首が一つしかないせいか、魔獣はよろめきながら駆けて行く。しかしその膂力は変わっていない。たったの一歩で十メートル以上は離されてしまった。
どうする!? どうすれば!?
走ったって追いつけない!
だからって無闇に魔術を放っても当たるもんか!
考えろ! 考えろ! 考えろ!!
そうだ! 空間!
この禁書庫に掛けられた魔術を破壊すれば本来の部屋サイズに戻って距離も縮まる筈!!
どこだ!? コアは!? どっかに仕掛けがある筈だ!!
あれだ!!
「【断空】!!」
キィィンッ!!!
空間に亀裂が生じる。周囲の光景が、亀裂へ吸い込まれるように歪んでいく。
轟音異音が鳴り響き、本棚や散らばった禁書の数々が亀裂に巻き込まれて砕け散っていく。
私はコアのあった部屋の中央へと駆け込んだ。
「我を守れ!! 【断空】!」
今度は箱型の壁が生じる。私を囲む安全地帯を形成した。
禁書庫は嵐と化した。この部屋にあったあらゆるものが舞い踊り、圧し固められ、砕かれ引き裂かれ、様々な方向から押し寄せ引き寄せる重力によって崩壊していく。
魔獣も例外ではなかった。空間の崩壊に巻き込まれ、あっちこっちがねじ切られながらバラバラになっていった。
本来であれば魔獣は魔力障壁を纏っており、適した属性の攻撃を当てないとその障壁を突破出来ない筈だった。
あの魔獣の弱点属性が「空」だったのか、或いは「空」が属性の定義から外れた規格外の存在だったのか。
あの古文書残ってるかなぁ……。
まだまだ知りたい事いっぱいあったんだけどなぁ……。
パパにどう説明しよう……この惨状……。
何よりユキノに知られたら……。
怖い……怖すぎる……魔獣なんか目じゃないくらい……。
私は禁書庫の崩壊を眺めながら、一人身を震わせた。




