05-10.魔獣の進化
「本当にアヤちゃん置いてきちゃってよかったの?」
朱雀の背中の上で、ヒマリが問いかけてきた。
「大丈夫よ。話したらわかってもらえたわ」
「あはは~」
何故目を逸らすのか。
今日は二箇所目の魔獣討伐だ。場所は南方の街道。
討伐対象はワイバーンだ。ワイバーンは亜竜とも呼ばれ、上位の竜種程ではないにせよ、強大な力を持つ魔獣たちだ。
なんなら普通は人里に降りてこない上位竜よりも、しょっちゅう人を襲うワイバーンたちの方が厄介なくらいだ。
ただ今回は少々特殊なようだ。
普通ワイバーンなんて現れたら、領主や王国軍が形振り構わず仕留めるからだ。私が最初に話を聞いてから約二週間。出現はもっと前。その間に討ち取れなかったことが驚きだ。
山村に現れた熊型魔獣とはわけが違う。あれも確かに強力な魔獣ではあったけれど、討伐が遅れていたのは単純に労力に見合わないからだ。
本来であれば小さな山村を守るために王国軍が出動したりはしない。そんなことをしている間に他の土地でもっと大きな犠牲が出てしまうからだ。時には取捨選択も必要なのだ。
熊型魔獣の件では、領主も一度は討伐軍(おそらく少数)を送り込みはしたものの、全滅した後は再び軍を送ることなく放置していた。
一見非情にも思える判断だが、それだって決して責められることではない。山と森の中で熊と戦うなんて非効率だ。余計な犠牲者を増やしてしまう。山村の村人と領主の兵では価値が違う。奴が増長して山を降りてきてから本格的な討伐軍を送り込むのでも遅くはない。
むしろ一度でも討伐軍を送っていたことの方が驚かれるだろう。あの山村には領地を運営する上での価値が無い。皆無だ。あの山を通らないと困る人たちがいるわけでもない。
あの地の領主は十分に責任を果たしていた。
今回向かう場所の領主は違うのだろうか。
「ヒマリはどう思うかしら?」
「単純に強すぎるんだと思う。というより、急に強くなったから対応が後手に回っているんじゃないかな」
「それはどういうこと? もっと詳しく教えて頂戴」
「もしかしたら進化が起きたのかもしれない」
「進化? ポ◯モンみたいに? そんなの無いでしょ? この世界の魔獣って」
私もそれなり以上に学んできた。ワイバーンの急激な成長なんて事例は聞いたことがない。
「無かったんだ。今までは。けど最近噂になってるの」
イロイ。その噂は本当?
『うん。間違いないよ。世界中で魔獣たちが急激に力を増していってるの』
どういうこと? あなた何かしたの?
『ううん。我なんかよりもっと上位の存在が決めた事だよ』
知っていることは伝えなさい。
『今の魔獣たちは他の魔獣や人を喰らうことで強さを増していくの。人間が魔獣を狩って成長するように』
……? 今までそうではなかったの?
『うん。最近突然変わったの。世界が丸ごとアップデートされちゃったの』
何よそれ……。
「クーちゃん?」
「女神が肯定したわ」
「そっか。なら用心しないとだね」
「あまり驚いていないのね」
「動き出したって感じがするでしょ♪ 不謹慎かもだけど」
そっか。ヒマリは元々英雄物語に憧れていたんだものね。だから私を勇者みたいに持て囃すのだ。今は魔王だけど。
「ヒマリ。あなたは勇者パーティーの斥候よ。しっかり働きなさい」
「イエス♪ マイヒーロー♪」
「私はヒロインの方が嬉しいわ」
もちろん勇者という意味で言ってるのはわかるけど。
「マイヒロインて言っちゃったら、なんかアヤちゃんに悪いかなって」
なるほど。一理ある。
「ヒマリは気遣い上手ね♪」
「でっへっへ~♪」
ナデナデ♪ ふふ♪ なんだか妹みたいだわ♪
ヒマリも一個年上だから、私にとってはお姉ちゃんの筈なんだけど。
「ヒマリお姉ちゃん」
「っ!?」
飛び跳ねた。
「私も甘えていい? ヒマリお姉ちゃん」
「今は甘えたい気分かな~♪」
惚けていらっしゃる。しゃあない。乗ってあげよう。
「なら抱きしめてあげるわ♪」
ヒマリの返事を待たずに抱き寄せる。
そのままナデナデを継続していると、若干硬かったヒマリの肩から力が抜け始めた。
----------------------
「場所は間違い無いわよね」
「その筈なんだけど……」
かれこれ数時間。大量の荷を積んだ馬車を背に、街道脇に座って待ち続けた。
ワイバーンの姿は影も形も見当たらない。
たっぷり餌も用意したのに、近づいてくることもない。
流石にあからさま過ぎたかしら。けれど様子を見にすら来ないのはどういうことかしら。
ヒマリの事前調査や昨日近場の町でも聞いた話では、ワイバーンはこの辺りを縄張りにしていて、近づいてくる者たちがいればすぐさま襲いかかってくるって話だったのに。
やっぱりアヤメとティグリスを呼び寄せる? 風の魔術でワイバーンの現在地を特定してもらうべきかもしれない。
『逃げちゃったんじゃないかな』
なんでよ。
『クーちゃんが化物すぎて』
なんですって?
『魔力に敏感なんだよ。竜種って』
それは……先に言いなさいよ。
『ごっめ~ん♪』
もう。
私は自分とヒマリの纏う結界を弄り、魔力が漏れ出さないように設定し直した。
「場所を変えましょう。もうここには現れないわ」
「イエス♪ マイロード♪」
やっぱりそっちの方が落ち着くわね♪




