03-30.それぞれの目論見
「付き合い始めたの」
「クー様……」
ユキノが悲しげだ。そりゃそうだ。私は弁えると約束したのだから。
こんな風に一方的に約束を破っておいて、ユキノが悲しまない筈はないじゃない。
「実はね。アヤメは前世のお姉ちゃんだったの」
「……だからなんだと言うのです」
「私は絶対にアヤメを手放せなくなったわ」
「姉妹だと言うのなら、そう在ればよいでしょう」
「私は姫だもの。姉妹だってずっと一緒には居られないわ。ノーラ姉様とメルヴィ姉様がそうであったようにね」
「アヤメは平民です」
「いいえ。四神獣の巫女よ。私がそう広めてしまったもの」
「……身代わりにはなり得ません」
「逃げろと言いたいの? 全てを捨てて?」
「やむをえぬかと。侯爵様の領内にて匿っていただきましょう。奥様も再会の時を待ち望んでおられます」
ママ……。
そりゃ私だって会いたい。当たり前だ。私はずっと……。
「今は無理よ。メルヴィ姉様の護衛任務だって終わってないもの。姉様が隣国で結婚するまでは見届けるの。その邪魔をする人たちは退けるの。それが私のなすべき事よ。自らの責務を放り出して逃げたりなんて出来ないわ」
「ならば何故ここにいるのですか。何故兄君を信じてお任せになられないのですか。クー様のなすべき事は第四王女殿下の側を離れる事ではない筈です」
「お兄ちゃんは私を愛してくれているもの。なら私は正直に答えないと。私が選んだのはアヤメなの。そう伝えないと」
「質問の答えになっていません。レオン殿下に恥をかかせることが目的だとでも仰るつもりですか?」
「そんなつもりは無いわ」
「ならばどうかお戻りを。ここは我々に任せてお役目を果たしてくださいませ」
……ユキノの言う事は尤もだ。私は恋愛にかまけて判断を誤っているのだろうか。少なくともユキノにはそう見えることだろう。それだけ私の言動はブレブレなんだもの。
「焦らずとも兄君は既に動かれています。お二人の婚約も今夜中には広まるでしょう。もう数日待てばクー様の問題は解消されます。隣国にも伝わります。暫しの辛抱です」
「……そうね」
お兄ちゃんが改めて正式に通達を行えば、ヴァルター王太子も迷う理由は無くなるだろう。
……しかしそう上手くいくものだろうか。いや。問題が生じたのは全て私のせいだ。私が早まったからだ。
私がソラール姫とアヴィスを制御出来るのだとバルトローグ王国にまで知られれば、彼らはヴァルター王太子と私の結婚を望むだろう。
一度はそう言ったのだからと、アルミディア王国の訂正を受け付けないだろう。返還要請も受け入れず、王太子と私の結婚式を強引に執り行うだろう。
「クー様」
「待って。ユキノ」
加えて私は陛下に大見得を切ってしまった。自分でこの問題を解決すると宣言したのだ。もしかしたらお兄ちゃんの策は認められないかもしれない。陛下が止めてしまうかも。
状況を整理しよう。それぞれの目的と方針を見直そう。
先ず陛下は……私を英雄王女として持ち上げたい。その一点だ。加えて挙げるとするなら、私をアルミディア王国に縛ることも考えている筈だ。それがお兄ちゃんとの婚約なのだろう。普通に考えれば発表も認めてくれる筈だ。そもそもあれは陛下の策なのだから。
しかし今はタイミングが悪い。いや、良すぎるのだ。私が表舞台に立つと決意した。陛下の前で宣言してしまった。
だから今は様子を見守りたい筈だ。私の行動がお兄ちゃんの成果となるのを良しとはしない筈だ。先ずは私に箔を付けた上でお兄ちゃんと婚約させたいと思うだろう。
お兄ちゃんは縛るための口実であって、王国の象徴として持ち上げたい存在ではないのだろう。なんならお兄ちゃんに王位を継がせるつもりだって無いのかもしれない。
公爵として独立させ、王家に仕える護国の要として代々縛り付けていくつもりなのかもしれない。
英雄の血を王家に入れるのが必ずしも得策とは限らない。英雄はあくまで戦闘者だ。為政者ではない。
陛下にとっての優先順位は、一に私の実績。二に私とお兄ちゃんの婚約。この順番で間違いない筈だ。
でなければ、あの場で好きに動けと言う筈は無いし、私を護衛隊長として送り出す前にお兄ちゃんとの婚約を発表していただろう。
次にお兄ちゃんだ。
お兄ちゃんは私との婚約発表を以って、第一王子派閥の企みへの対抗策とすると同時に、継承争いへ名乗りを上げるつもりなのだ。
英雄王女を手に入れた第四王子。本来なら手の届かない王位に手が届くかもしれない。そんな微妙な立ち位置だ。
もちろんお兄ちゃんは、陛下の考えだって理解しているのだろう。
私にはいずれ自由にすると約束してくれたけれど、アヤメの言う通り、端っからそんなつもりは無いのかもしれない。
お兄ちゃんの野心を非難するつもりはない。それこそ私のためなのかもしれない。私が自由に生きられるようにと願って動いてくれているのかもしれない。その対価として自分の伴侶となれと言うなら、私は頷くべきなのかもしれない。
お兄ちゃんにとって私との結婚が手段なのか目的なのかはわからない。そもそもそんな事はどうでもいい。私はお兄ちゃんを信じている。お兄ちゃんは私の意にそぐわないことを強要したりはしない。本当に私と結婚したいのなら、必ず自分の力で私を振り向かせようとしてくれるだろう。
今のお兄ちゃんにとっての優先順位は、間違いなく王位が一番だ。私の自由を願うからこそ、私を欲してくれるからこそ、先に相応しい力を得ようと動く筈だ。
お兄ちゃんはそういう人だ。私が誰より知っている事だ。こういう時にお兄ちゃんは私を一番にしたりはしないのだ。
次に第一王子とその派閥かしら。
彼らの目的はライバルになり得る私の排除だ。これは陛下も与り知らぬところで進められていた策略だ。伯爵と辺境伯を動かしたのも第一王子その人なのだろう。
彼らの目論見は、私とお兄ちゃんの婚約発表を以って絶たれるだろう。その後彼らはどのような行動を起こすだろう。知らんぷりを決め込むのだろうか。或いは反旗を翻すのだろうか。隣国と組んで両国間の友好関係に傷を付けたのだ。おそらくただでは済まないだろう。
そっか。陛下が私に期待しているのはそれなのか。
今のまま婚約発表を済ませても、ただ企みを潰すだけだ。彼らを失脚させられるわけではない。直接的な証拠を突きつける必要がある。でなければ敵も遺恨も残り続けるだろう。
お兄ちゃんはどこまで掴んでいるのだろう。お兄ちゃんは第一王子本人が関与していることまで確信していた。派閥の勝手な暴走ではないという決定的な証拠を掴んでいたのだろうか。それとも第一王子の人柄から推測したのだろうか。
きっと聞いても教えてはくれないだろう。お兄ちゃんはこれ以上私に引っ掻き回されるのを避ける筈だ。
実際ここまで状況が複雑になったのは私のせいだ。これ以上致命的な変化が生じれば巻き返しは不可能だろう。
今ですらだいぶ怪しくなっている。実際陛下がお兄ちゃんを止めてしまう可能性は決して低くはない。
二人の優先順位は真逆だ。その目論見は似ているようで正反対だ。
陛下は私を英雄にしたい。
第四王子は私を自由にしたい。
奇しくもお兄ちゃんは、ママと同じ願いを抱いてくれている。その手段や本人の望みはともかく、間違いなく私の幸せを私の立場に寄り添って叶えようとしてくれている。
別に陛下が私を蔑ろにしているわけじゃない。パパはパパなりのやり方で私を大切にしてくれている。そんなことはわかってる。王様としてはむしろ甘いくらいだ。けれどどうしても王様の立場からは抜け出せない。私と国益を結びつけずにはいられない。だからってパパが薄情なわけじゃない。非道な人間であろう筈もない。
……なら。きっと第一王子のことだって。
考えてみたら一番目の兄様も随分甘いのね。
私の暗殺を企てるわけでもなく、虐めて追い出そうとするでもなく。騙して隣国に嫁がせようとしただけなのだ。
……いえ。そうよ。違うわ。一番目の兄様がそのように目論んでいたのなら伯爵と辺境伯の動きはおかしいじゃない。
だってそうでしょ? 一番目の兄様は私を隣国に追いやってしまいたかったのだから。私の隣国行きを邪魔する筈がないのよ。
私は何を見落としていたの?
お兄ちゃんは言ったわ。兄様は私を追い出そうとしたと。
ヒマリは言ったわ。黒幕は兄様の第一王子派閥と、隣国ヴァルター王太子の王太子派閥であると。
なら伯爵と辺境伯は?
誰のどんな目論見で動いていたの?
二つの派閥とは関係が無かったの?
「ヒマリ。アルミディアの伯爵と辺境伯が誰の差し金で動いていたのかはわかるかしら?」
それぞれの派閥は一枚岩ではないのかもしれない。或いはどちらかの国の第二、第三王子あたりが妨害工作を仕込んだのかもしれない。ヒマリなら何か知っているかもしれない。
「……何の話?」
「あら。言ってなかったかしら。私たちは彼らに襲われたのよ。バルトローグ王国への道中でね」
「……だとしたら……それは」




