03-15.待ち伏せ
「クーフェリアは可愛いですね♪」
私はすっかりメルヴィ姉様に気に入られたようだ。
メルヴィ姉様は私を隣に座らせて、遠慮なくあっちゃこっちゃ弄くり回している。
アヤメはそれを見てすっかりへそを曲げてしまった。窓の外へ視線を向け続けている。助けろや。
「メルヴィ様。少々はしたのうございます」
「え? あ! ごめんなさい!」
ありがとう。モーラさん。
「お姉ちゃんはスキンシップが好きなのね」
「えへへ♪ クーちゃんが可愛いからですよ♪」
ピキッて音が聞こえた気がする。
アヤメの肩が僅かに揺れている。メルヴィ姉様の「クーちゃん」呼びは、相当頭に来たようだ。
「お姉ちゃん。私のことはクーと呼んでほしいの」
「はい♪ クー♪」
素直~♪
「アヤメ」
「……なに。クーちゃん」
子どもね~。
「手を出して」
「……うん」
にぎにぎ。ぎゅっぎゅ。
「……どうしたの?」
「べつに。私もお姉ちゃんの気持ちを味わおうと思って」
にぎにぎ。うん。安心する。
「ふふ♪ クーはアヤメのことが大好きなのですね♪」
「ええ。何よりも大切な存在なの」
「……ごめんなさい」
え? フられた?
「クー様」
ああ。態度を改めると言いたいのね。
「ふふ♪ 良い子ね♪ アヤメ♪」
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「クーちゃん! 待ち伏せだ!」
アヤメが突然声を張り上げた。
咄嗟にいつも通りの呼び方が出てしまう程の慌てようだ。
「相手は人間の集団だよ! 装備の音は盗賊団っぽいけど、それにしては足音が整いすぎてるの! 盗賊団に扮したどっかの正規兵だと思う!」
「停止! 全員止まりなさい!」
私もすぐに馬車から顔を出して声を張り上げ、護衛の者たちに命令を送った。
「いかがなさいましたか。殿下」
名目上の護衛隊長である私とは別の、実質的な護衛隊長を務める騎士団長が近づいてきた。
「待ち伏せです! 斥候を送って確認なさい!」
「……お言葉ですが殿下」
「従いなさい! これは命令です!」
「……御意」
「アヤメ! 距離は!?」
「まだ十キロくらい先! 数は千!」
「辺境伯領に入った直後です!」
「殿下。であれば歓迎の為の」
近くにいた騎士の一人が軽い調子で言いかけた。
「だとしてもです! 確認なさい! わたくしはそのような話を聞いていません! 事前の根回しも無しに待ち伏せなど許される筈がないでしょう!」
「全体! 止まれ!! 斥候! 辺境伯領だ! 急げ!」
「「はっ!!」」
今度は素直に動き出してくれた。私が本気であると伝わったようだ。
ちゃんと話を聞いてくれる良い騎士団長さんだ。
さっきの騎士さんはちょっと能天気が過ぎるけど。可哀想に。きっと後でお説教ね。護衛任務のセオリーを無視した発言だもの。しかも騎士団長と王女の話に勝手に割り込んできたし。けどお陰で騎士団長が動いてくれたわね。せめて感謝だけはしておきましょう。
「良かったの?」
アヤメが小声で問いかけてきた。
「舐められているのは仕方がないわ」
この世界ってろくな探知魔術が無いのよ。眼の前の相手を探るならともかく、遠方の、それも十キロ先を知れる魔術なんて、発想自体が存在しないレベルだし。馬車の中で大人しくしていた筈のお姫様が、いきなり待ち伏せがどうこうとか叫び出しても、信じられるわけがないのよね。むしろ変な夢やストレスからくる幻覚か何かを疑う方が当たり前だ。ほんとよく信じてくれたわね。騎士団長さんにも感謝しよう。
「そっちじゃなくて。クーちゃんが目立っちゃってさ」
「仕方ないでしょ。仕事なんだから。だいたい敵軍に突っ込んでから無双した方が目立つじゃない」
「けど物語の主人公ってそういうものだよね」
「いるわよね。事前に何も言わないで、いざ敵が現れたら最初から知ってたって顔するの。そのくせ目立ちたくないだなんて言うのよ。どの口でって思うわよね」
「やるべきことをしっかりやっていた方が悪目立ちしないって理屈には納得するけどさ。けどクーちゃんが目立たないなんて無理があるんじゃない?」
「だからって諦めるわけにはいかないわ」
「お二人とも? 何を話されているのですか?」
「「いえ。なんでも」」
「ふふふ♪ やはりとても仲がよろしいのですね♪」
このお姉ちゃんも呑気だなぁ。状況わかってるのかしら?
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「殿下! 大変申し訳ございません! 殿下のお言葉通り敵軍の存在を確認致しました!」
「そう。困ったわね」
迂回すれば済む話でもないしなぁ。
これって反乱だもんね。やっぱり。
いやだとしてもおかしいんだけどさ。
「騎士団長。あなたはどう見ますか? 何故彼らは伯爵領側で待ち構えているのでしょう? 辺境伯領を通り過ぎる際にでも、後ろから襲った方が都合が良いのではありませんか?」
「はい。辺境伯の謀反であるならば殿下の仰る通りです」
「あなたは違うと仰るのね」
「可能性は極めて低いかと。殿下も仰ったように、辺境伯が首謀者であるなら隣国との国境付近で襲う方が効率的です。襲撃の難易度としても、後の始末についても。そう言い切れます」
だからって具体的に誰が首謀者かまではわからないのね。現時点では情報が少なすぎるものね。それも当然か。
わかっているのは、おおよその敵の数だけだ。
敵は千。対して此方はたった二百。
随分な念の入りようだ。此方を殲滅してでも目的を果たそうとしているようね。
「それだけの数を揃えたということは、辺境伯の関与も皆無とは言えないわよね。領境の様子は? 関所は? 無事に機能していたの?」
「はい。なんら変わらず」
争った形跡も無いのね。
「伏兵に気づいていなかったの?」
「知らぬフリをしているものかと」
下手に探って、こちらが勘付いたことを向こうに知らせるのは時期尚早か。いきなり攫って尋問するわけにもいかないし。
「辺境伯ではなく、関所が勝手に裏切ったなんて言わないでしょうね」
「密かに敵の手に落ちたと見るべきやもしれません」
「これを実現出来る者は限られているわ」
現在地は伯爵領だ。伯爵の手勢が辺境伯領の関所を制圧し、向こう側に賊を忍ばせた可能性もある。
或いはそう見せかけた辺境伯の策略か。
はたまた、辺境伯を金や取引で黙らせた隣国の過激派か。
可能性としてあり得るのは精々この三つだ。
「いずれにせよ、このまま進めば挟み撃ちね」
敵は領境の向こうだ。関所が敵側なら、私たちを通した後で退路を封じ、前方の伏兵と連携して襲ってくる筈だ。
「仮に王都へ帰還した場合の流れは? 一般的にで構わないわ」
「殿下の功績に」
「いえ。そういうのはいいから。情勢の話よ。嫁入りが遅れれば隣国の過激派が調子づいて戦争を引き起こすだとかあるでしょ。ただでさえ第三王女から第四王女への変更があった後だもの。向こうも泥を塗られたと怒るでしょ」
「はい。考えられる可能性かと。他には辺境伯の失墜を企てた伯爵の策である可能性も考えられるかと。その場合辺境伯も黙ってはおられぬでしょう」
そうやって内側で揉めて国力を損耗すれば、結局隣国が攻めてくるかもしれないわね。
「選択を間違えれば戦争よ。私たちさえ無事ならそれで良いという話ではないわ」
「はい。殿下。我々は殿下の決定に従います」
……う~ん。そうなるわよね~。困ったわ~。
だいたいどの口でって話でもあるのだけど。白黒結界を使えば無事に通り抜けることくらい出来ちゃうのよね。もちろん、此方側の全員に私の力が知られてしまうけど。
なんなら四神獣を招集すれば真っ向から乗り越えられるかもだし。それはそれで新たな問題が起きそうだけど。
「もう少しだけ進めて待ち構えましょう。伯爵が首謀者側なら何か動きがある筈よ」
「御意!」
伯爵が敵側なら仕方がない。全力を出そう。たぶん挟み撃ちにされるだろうし。やむを得ない。
逆にそうでないなら、辺境伯が後手に回るのを恐れて伏兵を引っ込めるかもしれない。
私たちが領境を越えずに待っているのは、伏兵に気付いて伯爵家や王都に援軍を要請したからだと考える筈だ。
そうなれば辺境伯は証拠を隠して惚けるしかなくなるだろう。まだ人質の一人も取っていないんだもの。それに私たちが現在の勢力だけでノコノコと領に乗り込んでくれば、引き寄せて討つ手も取れる筈だ。
もちろん、伯爵領に攻め込んでくるという可能性も無いではないけど、そこまで自棄になられたら話も単純だ。王都に逃げ帰って逆賊辺境伯を討ち取ろう。
一番面倒なのは、このまま一切の動きが無い場合だ。目的が足止めなら、私たちがここで手をこまねいているのは敵にとって好都合なことだもの。
その場合も王都や伯爵に助けを求めるしかない。どのみち結婚も延期になるだろう。辺境伯の謀反の証拠を集めるところからやらなくちゃいけないだろうし、事態の終結には余計な時間が掛かるだろう。
後はアヤメと相談だ。ティグリスがどこまで探れるのかって、いまいちよくわかっていないのよね。伯爵や辺境伯の言動を直接探れるなら手っ取り早い。
なんなら私が単独で動いて、転移出来る範囲を広げておくという手もある。一度でも辺境伯の屋敷に忍び込んでしまえれば出入りは自由だし、極小さな小型転移門を常時繋げておけば、声だけを拾うことだって出来るものね。
極力目立たず事態を解決する方針は変わらない。これもまた昼行灯を目指す者としての試練と受け取ろう。




