02-08.愛しの姫様
「アヤメ。それがわたしの本当の名前だよ」
アイリスお姉様改め、アヤメお姉様が、遂に本名を教えてくれた♪ きっと私を正式に主と認めてくれたのだろう♪
ふっふっふ♪ やっぱり主たるもの、従者を慮ってなんぼだよね♪ うちはホワイトでやってますから♪
やったね♪ 家族が増えたよ♪
「両親のことは覚えてないの。気付いたらもうアイリスって呼ばれてて。アヤメって名前は後から思い出したの」
そっかぁ……それで咄嗟に……。
一応、アイリスという名前も偽名というわけでもないらしい。幼少期に孤児院で引き取られた際に、新しく付けてもらった名前なのだそうだ。
「アヤメお姉様♪」
「お姉様はやめない?」
「やめな~い♪」
「そっかぁ~」
今日からは私がいっぱい呼んじゃうぜ♪ 私の従者は私の家族だからね♪ 私のお姉様♪ 私だけのお姉様♪ ありがとう、お兄ちゃん♪ 最っ高のプレゼントだよ♪
「ねえねえ♪ アヤメお姉様♪」
「はいはい」
「アヤメお姉様って風の魔術を使えるんだよね♪」
「え? うん。そうだけど……」
「見せて見せて♪ 使って見せて♪」
「……う、うん」
めっちゃ嫌そう。
「ダメなの? アヤメお姉様は私の従者になってくれたんだよね? てことは実力見ておかないと♪ お互い背中を預け合うんだからさ♪ 私の魔術も隠さず全部見せるからさ♪ ね♪ お願い♪ 良いでしょ? 良いよね? やったぁ♪」
よし頷いてくれたぜ♪ 早速庭に出よう♪ 夕食までには切り上げないと叱られちゃうからね♪ 時間無いぞ~♪
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「アイテムボックス……」
「なんて?」
「い、いえ……なんでも……」
何このお姫様……空属性って何……そんなの見たことも聞いたことも無いんだけど……学園でも教えてなかったし……チートじゃん……。
「それからそれからね♪」
お姫様はわたしの魔術を一通り確認すると、本当に自分の手の内まで晒し始めた。何一つ隠すことなく、心底嬉しそうに魔術を使って見せてくれた。
だからって別に嫌味には感じない。自身の魔術の凄さを素直に誇っているからだ。わたしのチンケな魔術を心の底から楽しんでくれるからだ。決してわたしたちの魔術を比べて見下すつもりがないからだ。そして何より、お姫様の努力の証が見て取れるからだ。
わたしとは何もかもが違う。このお姫様は、きっと風の適正だったとしても最強の魔術師へと至るだろう。
望まぬ適正だからと心折れ、鍛錬を怠ることなど無かったことだろう。
だいたいこのお姫様は魔力を授かってから大した時間も経っていないのだ。精々数ヶ月。その短期間で使いこなしてみせたのだ。それも誰もが知らぬ特殊な属性をだ。当然師匠なんている筈もないのにだ。
ともすれば、わたしたちの風属性以上に無力な存在になっていたかもしれない。むしろその可能性の方が高かった。何がチートだ。バカバカしい。自分の思考に反吐が出る。
きっとわたしが空属性なんてものを授かっても使いこなせはしなかった。だってそうでしょ? 誰も教えてくれないんだから。けどこのお姫様は違う。自ら道を切り開いたのだ。
……なんて眩しいのだろう。
この子はどうしてそこまで頑張れるのだろう。
考えてみたらわたしは、このお姫様のことを何もしらないんだ。お姫様は聞けばきっと何でも教えてくれるのに。お姫様だけじゃない。ユキノ先輩だって教えてくれた筈なのに。
けどわたしは聞かなかった。自分のことばかりだった。今日一日、自分を落ち着けるので精一杯だった。
このお姫様が魔力を授かる前から血の滲むような努力をしてきたのに比べれば、なんと幼稚なことだろう。
わたしには前世の記憶まであるのに。境遇を跳ね返す努力なんて何一つしてこなかった。
恥ずかしくて堪らない。穴があったら入りたい。
けどきっと、このお姫様は穴の底に蹲るわたしのことだって照らしてみせるだろう。手を差し伸べて、この笑顔を向けてくれるのだ。
きっとそっちの方が惨めだ。居た堪れない。
自分をもっと嫌いになってしまう。このお姫様の隣に居るには相応しくないと逃げ出してしまう。
……だからダメだ。
折角手を差し伸べてもらえたんだ。折角巡ってきたチャンスだ。ここで手を掴まないなんて愚かが過ぎる。
「クーちゃん! わたしに魔術を教えて!」
気付いたら姫様の手を握りしめて至近距離で叫んでいた。自分にそんな熱があったのかと驚き、気恥ずかしくなる。
咄嗟に手を放しかけそうになるも、逆にお姫様の方から引き寄せるようにしっかりと手を握り返された。
「もちろん♪ 任せて♪ 私ね♪ 本当は風属性になりたかったの♪ だからいっぱい考えた。うんと考えた。その全てをアヤメお姉様に叩き込むよ♪ 覚悟してね♪ 絶対逃がしてあげないんだから♪」
……ああ。本当に眩しい笑顔だ。
わたしはこれを誰より近くで見続けられるんだ。なんて素晴らしい人生だろう。転生させてくれた神様に感謝しよう。この幸福を一時のもので終わらせてなるものか。わたしは永遠にこの子の隣を独占し続けよう。そのための努力ならいくらでも出来るに決まってる。
愛しの姫様。わたしのクーちゃん。間違いない。わたしはたった今恋に落ちた。この子の隣はわたしが守り抜こう。わたしのために。この子のために。そう決めた。




