見なかった夜
久瀬は一つだけ、危険な確認を提案した。
澪が動画を見ずに過ごせば何が起きるかを記録する。視聴が引き金なら、再生を拒む意味がある。違うなら、その前提を早く捨てなければならない。
澪は警察病院の個室へ入り、窓も鏡も布で覆った。スマートフォンとガラケーは別室の金庫へ収め、室内の機器は心電計だけにした。
夜勤の看護師が十五分ごとに確認する。久瀬は廊下にいた。
午前二時十七分、何も起きなかった。
二時十八分、心電計の記録紙が通常より速く送り出された。脈拍の線の下に、黒い四角が連続して現れた。
看護師が電源を切っても紙は止まらない。
四角は少しずつ像になった。暗い部屋。廊下へ向かう佳奈。振り返る横顔。
動画ではなく、細い紙に分割された連続写真だった。
澪は目を閉じた。久瀬が紙を伏せ、機械から引きちぎる。
最後の一枚だけが床へ落ちた。
そこには病室のベッドと、目を閉じた澪が写っていた。撮影位置は天井近く。現在の室内と同じだった。
見なくても、映像の方が形を変えて届く。
その事実だけが、実験の結果として残った。
部屋の外では、誰かの日常が何事もなく続いていた。エレベーターが止まり、配達員が階段を上り、遠くで車の扉が閉まる。そのどの音にも異常はない。異常なのは、死者の時間だけが現在へ届き続けていることだった。
澪は見えた事実と、自分がそう思っただけのことをノートの左右へ分けた。恐怖に理由を与えれば、一晩だけは眠れるかもしれない。だが誤った理由は、次に選ばれた人をもっと危険な場所へ連れていく。だから分からないものは、分からないまま残した。
部屋の外では、誰かの日常が何事もなく続いていた。エレベーターが止まり、配達員が階段を上り、遠くで車の扉が閉まる。そのどの音にも異常はない。




