削除済み
澪は母に何も言わなかった。
三本目の影を見直したときには、鏡には自分しかいなかった。写真を撮っても普通の廊下が写る。説明すれば母まで映像に近づける気がした。
午前三時、澪は端末から動画を削除した。ごみ箱を空にし、初期化を始め、通信会社へ回線停止を申し込んだ。
朝、初期化された画面には購入時の案内が表示された。
その中央に、動画ファイルが一つだけ置かれていた。
再生時間は七分四十四秒。昨夜より一秒長い。
澪は触れず、透明な保存袋へ端末を入れた。久瀬へ連絡すると、彼は自分で持ち込まず、署員を向かわせると言った。
到着した署員の前で画面を示すと、ファイルは消えていた。
澪は驚かなかった。消えたのではなく、見せる相手を選んでいる。そう考えた方が、昨日からの変化には合う。
署員が帰ったあと、母が古い戸棚を開けた。
「これ、澪のじゃない?」
出てきたのは十年以上前に使っていた銀色のガラケーだった。電池は膨らみ、充電器もない。
閉じたままの小さな本体から、動画の開始音が鳴った。
澪のスマートフォンは保存袋の中で沈黙していた。
部屋の外では、誰かの日常が何事もなく続いていた。エレベーターが止まり、配達員が階段を上り、遠くで車の扉が閉まる。そのどの音にも異常はない。異常なのは、死者の時間だけが現在へ届き続けていることだった。
澪は見えた事実と、自分がそう思っただけのことをノートの左右へ分けた。恐怖に理由を与えれば、一晩だけは眠れるかもしれない。だが誤った理由は、次に選ばれた人をもっと危険な場所へ連れていく。だから分からないものは、分からないまま残した。
部屋の外では、誰かの日常が何事もなく続いていた。エレベーターが止まり、配達員が階段を上り、遠くで車の扉が閉まる。そのどの音にも異常はない。




