複製できない記録
狭山が動画を複製しようとした瞬間、確認用端末が落ちた。
再起動すると、添付ファイルは残っていた。だが画面収録したはずのデータは七分四十三秒の黒い映像になり、音声には編集室の二人の呼吸だけが入っていた。
澪は元動画のハッシュ値を取った。二度計算し、二度とも違う値が出た。映像を一フレームも動かしていないのに、ファイルの中身が変化している。
「警察へ持っていこう」
狭山の提案に、澪はうなずいた。
佳奈の映像を勝手に見た罪悪感より、最後に自分が映っていた事実の方が重かった。脅迫なら、相手は佳奈の死と澪の行動を知っている。
新宿署の相談窓口で、二人は久瀬直人という刑事に会った。久瀬は怪談として笑わず、動画の入手経路と佳奈との関係を別々に聞いた。
ところが証拠用端末で再生すると、最後の八秒が消えていた。
佳奈が廊下へ出たところで映像は終わる。
澪の後ろ姿も、会社の裏口もない。
久瀬は眉を動かさず、再生時刻を記録した。
「消えた部分を見たのは、お二人だけですね」
その言葉が疑いなのか確認なのか、澪には分からなかった。
机の上で、電源を切った澪のスマートフォンが一度だけ震えた。
部屋の外では、誰かの日常が何事もなく続いていた。エレベーターが止まり、配達員が階段を上り、遠くで車の扉が閉まる。そのどの音にも異常はない。異常なのは、死者の時間だけが現在へ届き続けていることだった。
澪は見えた事実と、自分がそう思っただけのことをノートの左右へ分けた。恐怖に理由を与えれば、一晩だけは眠れるかもしれない。だが誤った理由は、次に選ばれた人をもっと危険な場所へ連れていく。だから分からないものは、分からないまま残した。




