七分四十三秒
朝まで待って、澪は会社の編集室で動画を開いた。
一人では見なかった。同僚の狭山透に事情を話し、画面収録用のパソコンと、回線から切り離した確認用端末を並べた。何かあれば複製を残すためだった。
動画は佳奈の部屋から始まった。固定カメラのような視点なのに、撮影機材は画角のどこにも映らない。佳奈は何度も玄関を確かめ、窓の鍵を閉め、スマートフォンを床へ置いた。
音は生活音だけだった。冷蔵庫。遠い車。上階の排水。
六分十一秒、佳奈が振り返った。
誰かを見た顔ではなかった。自分の部屋が、昨日までの部屋ではなくなったと気づいたような顔だった。
次の二秒だけ、音声波形が完全に消えた。無音ではない。圧縮時に残るはずの底音まで、切り取られていた。
映像が戻ると、佳奈は玄関の外へ歩いた。
最後の八秒には別の場所が映った。澪の会社の裏口。昨夜、残業を終えた澪が傘を開き、駅へ向かって歩いていく。
狭山が息を止めた。
「これ、誰が撮った?」
澪は答えず、ファイル情報を開いた。
作成日時は三日前。佳奈が死んだ時刻だった。
澪は見えた事実と、自分がそう思っただけのことをノートの左右へ分けた。恐怖に理由を与えれば、一晩だけは眠れるかもしれない。だが誤った理由は、次に選ばれた人をもっと危険な場所へ連れていく。だから分からないものは、分からないまま残した。
部屋の外では、誰かの日常が何事もなく続いていた。エレベーターが止まり、配達員が階段を上り、遠くで車の扉が閉まる。そのどの音にも異常はない。異常なのは、死者の時間だけが現在へ届き続けていることだった。
澪は見えた事実と、自分がそう思っただけのことをノートの左右へ分けた。恐怖に理由を与えれば、一晩だけは眠れるかもしれない。だが誤った理由は、次に選ばれた人をもっと危険な場所へ連れていく。




