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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第六章 亡霊たちの夜明け 〜思想の衝突と、覚醒〜

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第伍拾參話「子供の仕事」




 両翼の、さらに後方。


 コルニャが、獣人の耳をぴんと立てていた。


 遠くで鳴る砲声。


 その間隔を、彼女は聞き分けていた。


「――次の砲、こっち側にゃ」


 傍らの伝令の少年兵に告げる。


「三番と、十七番。二門、同時にゃ」


「……確かか?」


「確かにゃ。あたし、獣人だから。耳、いいの」


 いつものように忙しく動いていた耳が、今は微動だにしない。


 集中しているのだ。


「副長様に伝えてにゃ。三番と、十七番。二門、同時。……そのつもりで、障壁の準備をしてくれって」


「分かった!」


 少年が駆けていく。


 コルニャは、もう一度耳を澄ませた。


 砲声の向こう。


 まだ誰にも届かないほど遠い音の中から、次の一発を探す。


「……フィナ婆様」


 ふと、呟いた。


「あたし、まだ覚えてるにゃ」


 あの峠で水をくれた、あの老婆。


「フィナ婆様って、言ったにゃ。……声も、覚えてる」


 コルニャは耳を立てた。


「忘れないにゃ。あたし、耳がいいから」




 後方の、負傷兵受け入れ場で、ペルトはすでに舞っていた。


 まだ、死者はいない。

 それでも、彼女は舞っている。


 指先から、淡い金の粒子がこぼれ、静かに宙へ昇っていく。


 傍らのチネルが、驚いたように彼女を見た。


「――ペル。まだ、誰も……」


「……間に合わせる、ために」


 ペルトが言った。


 短い言葉だった。


 普段ほとんど声を発さない彼女の声を、チネルは初めて聞いたような気がした。


「誰かが亡くなる、その瞬間に……間に合わせるために」


 ペルトは、舞い続ける。


「今から、舞う」


「……はい」


 チネルは頷いた。


「では、私も。私の役目を致します」


 彼女は父から受け継いだ薬草を、休むことなく調合し始めた。


 その手元には、一枚の紙が置かれていた。――最も強い、痛み止め。


 チネルは、それを一度だけ見た。


 そして、何も言わずに薬草へ手を伸ばした。




 さらに後方。


 サーリーが地面に座り、黒い糸を指先で繰っていた。


 目は閉じている。糸だけが、遠くへ伸びていく。


「……届いた」


 彼女が呟いた。


「三番砲の車軸」


 指先を、ゆっくりと動かす。


「少しずつ、劣化させる。……派手なことはできない。あたしの呪い、そういう呪いじゃないから」


 黒い糸が、さらに伸びる。


「けど、一門でも遅らせる」


 ほんの少し。それだけでもいい。


「あたしにできるのは、それだけ」


 そう言って、彼女は糸を繰り続けた。




 街の内側。


 負傷兵の受け入れ場では、コーディアが包帯を切り分けていた。


 ギルドの受付嬢らしい、手際のよさだった。


 傍らの若い治療兵が、包帯の山を見ながら震える手で尋ねる。


「……これ、足りますか?」


 コーディアは即答した。


「足りるよ」


 布を切る。


 ギルドや、実家の宿屋で怪我人は見慣れてるからね。


「だから、これくらい大丈夫」


 また切る。


「切って、切って、切り続ければ、足りる」


「……はい」


「大丈夫、大丈夫」


 コーディアは笑った。


「私がそう言ってるうちは、大丈夫だから」


 その手元へ、最初の負傷兵が運び込まれてきた。

 街の外周で砲弾の破片を受けた者たちだった。

 まだ、傷は浅い。


 だが、コーディアには分かっていた。これから来る。もっと深い傷が。もっと多くの人間が。


 それでも彼女は、冒険者を迎える時と同じ顔で、包帯を切り続けていた。




 街の広場。


 トレクは、水桶を担いだまま立っていた。


 その後ろに、七人、八人。


 皆、水桶か、包帯か、薬草の煮汁を抱えている。


 伝令から告げられた副長の命令は、明確だった。


 水とパン、そして包帯や薬草の運搬は続ける。――ただし、前線には上がらない。


「――トレク兄ちゃん」


 年下の少年が袖を引いた。


「副長さん、上がるなって」


「……うん」


「……行くの?」


 トレクは答えなかった。


 前線を見る。


 砲声が鳴った。地面が震え、街の外周から細い煙が上がる。


 トレクの頬を、涙が一筋伝った。それでも、彼は拭わなかった。


「……俺、覚えてる」


 ぽつりと言う。


「タケコ様が、あの日、俺たちを追い返した時のこと」


 少年たちは黙って聞いていた。


「『戦は、子どもの仕事ではござらぬ』って」


 トレクは水桶の柄を握り直した。


「でも、その後で教えてくれた」


 一度、前線を見る。


「『戦のない街を守るのが、大人の仕事。戦の後の街を生きるのが、子どもの仕事』って」


「……うん」


「今、タケコ様は、大人の仕事をしてる」


 少年が頷く。


「俺は、子どもの仕事をする」


 トレクは水桶を担ぎ直した。


「……でも」


 声が、少しだけ震えた。


「タケコ様が、大人の仕事をできなくなったら?」


 少年たちの顔を見る。


「その時は、俺たちが、大人の仕事の後ろで支える」


「……」


「前線に行くんじゃない」


 トレクは、首を振った。


「副長様が上がるなって言ったところには、行かない。――俺たちにできることをする」


「……うん!」


「行くぞ」


 少年たちが頷いた。


 一人の少年がパンの籠を持つ。


 それを見て、別の少年が包帯を抱える。

 広場にいた女たちも、薬草や布を持ち始めた。

 老人が水桶を一つ持ち上げる。

 スラムの隅にいた亜人の少女たちも、顔を見合わせてから、黙って桶や籠を抱えた。


 誰も、前線には向かわなかった。向かったのは、竹子の居る指揮所の後ろ。


 前線と後方、その境目だった。




 カラミーテの後方指揮所へ、伝令が駆け込んだ。


「――副長!」


「何でしょう」


「広場の民衆が、指揮所後方へ集まり始めています。指揮を仰ぎたく!」


 カラミーテは全図へ目を落とした。


 竹子の指揮所。


 その後方。


 小さな点が、いくつも集まり始めている。


 彼女の指が、卓上の一点で止まった。

 そして、扇子を開いた。

 ぱち、と音がする。


「――追い返してはなりませぬ」


「はっ」


「ですが、前線にも上げてはなりませぬ」


「承知しました」


「指揮所の後方、二十歩」


 地図上の一点を示す。


「そこに留めてくださいませ。物資を運ぶ列を作らせるのです」


「はっ!」


「前線と後方の境目を、担っていただきましょう」


 伝令が駆け出そうとする。


「――それから」


 カラミーテが呼び止めた。


「トレク様を、お一人だけ隊長様の指揮所へ通してくださいませ」


 伝令が振り返る。


「……副長。よろしいので?」


 カラミーテは、扇子を開いたまま、静かに微笑んだ。


「隊長様に、応える声を届けるのは、私ではございません」


「……」


「私は、号令をする者です」


 わずかに視線を落とす。


「けれど、今、隊長様の名を呼ぶ者が必要なのです」


 伝令は黙って頷き、駆けていった。


 カラミーテは扇子を閉じた。

 ぱち、と乾いた音がした。


「……隊長様」


 誰もいない指揮所で、彼女は呟いた。


 卓上の地図。そこに置かれた、小さな一点。


「あなた様の名を、呼びに参ります」


 彼女は、再び地図へ目を戻した。


「ですから――」


 東の空が、鉛色の中で、少しずつ白み始めていた。


「どうか、そこで待っていてくださいませ」


 遠くで、金属音がした。

 次の砲声は、もうすぐそこまで来ていた。




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