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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第六章 亡霊たちの夜明け 〜思想の衝突と、覚醒〜

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第伍拾貮話「代理指揮」




 カラミーテは、卓の縁に置いた扇子を手に取った。


 静かに開いて、閉じる。


 ぱち、と乾いた音が、指揮所の空気を切った。


 彼女は、伝令の少年兵に一度だけ頷いた。


「――承知いたしました」


 少年兵は、そのあまりに落ち着いた声に、一瞬だけ戸惑った。


「――副長、隊長は……」


「――ご無事、でございましょう」


 カラミーテは、卓上の伝令駒を一つ動かした。


「隊長様は、生きて、そこにいらっしゃいます。ならば、他の全てのことは、私が致します」


「……はい」


「あなたは、次の伝令を待ちなさい。今、動いてはなりませぬ」


 少年兵は頷いた。


 カラミーテは、領全図へ視線を落とした。


「――一番。メリッタ様へ」


「はっ」


「第二射までに、第一射で歪んだ結界を縫い直してくださいませ。東側を最優先に」


「――二番。ビアンカ様、オルペア様へ」


「はっ」


「敵砲兵陣地の指揮官を狙ってくださいませ。砲手ではなく、指揮をする者を」


「――三番。ディローザ様、リドリー様、カノン様へ」


「はっ」


「今は動かぬように。……あと四半刻。砲弾の予定表から、身を外してくださいませ」


「――四番以降は、後方と情報班へ。負傷者の受け入れ、避難路、水と食糧の運搬を継続。街の方々を前線へ上げてはなりませぬ」


 伝令たちが、一斉に駆け出していく。


 カラミーテは、扇子を閉じたまま、卓上の一点――竹子の指揮所へ指を置いた。


「――隊長様」


 小さな声だった。


「あなた様がいらっしゃる場所は、私が、他の全ての方を使って守ります」


 ほんの僅か、指先に力が入った。


「……ですから、そこで、しばらくお休みくださいませ」




 指揮所の外。


 伝令官の一人が、隣を走る同僚へ囁いた。


「――副長は、いつから、あんな指揮を?」


「……ずっとだ」


「ずっと?」


「ただ、隊長がいらっしゃる時は、隊長の後ろに立っていただけだ」


「……」


「だから、俺たちは今まで気づかなかった」


 二人は、それ以上何も言わなかった。


 それぞれの伝令路へ駆けていった。




 第一防衛線、中央。


 メリッタは、既に魔法陣を展開していた。

 指先が空中を走る。

 第一射で歪んだ結界の構造を、一つずつ組み直していく。


「――第二射まで、およそ二百拍」


 傍らの助手が、震える声で尋ねた。


「メリッタ様……間に合いますか」


「間に合わせる」


 即答だった。


「第一射を受け止められた。なら、まだ直せる」


 眼鏡の奥で、瞳が動く。


「……カラミーテ様が、私に時間をくださいました」


 彼女は魔法陣の一角を修正した。


「ならば、使います」




 両翼の丘陵、中腹。


 ビアンカが弓を構えた。

 狙いは、敵砲兵陣地の丘。


 人影が一つ。

 指揮官。


 距離は、およそ二里。

 普通の弓では届かない。だが、ビアンカの弓なら届く。


 弦が鳴った。

 遠方で、人影が崩れた。


「――一人目」


 次の矢を番える。


 ほどなくして、崩れた人影の代わりに、別の人間が同じ場所へ立った。


 ビアンカの隣で、オルペアが呟いた。


「……代わりが、います」


「そうね」


 ビアンカは、二本目の矢を放った。

 また、人影が崩れた。


 そして、三人目が立つ。


「――なら、次を狙うだけよ」


 弓を引く。


 指先が、僅かに震えていた。


「……名前があるくせに」


 ビアンカは、三人目へ狙いを定めた。


「誰にも、名前で呼ばれない」


 矢が放たれた。


「……気持ち悪い軍ね」




 防衛線の中央。


 ディローザは、大剣を握ったまま動かなかった。


 目の前で砲弾が地面を抉る。


 土塊が飛ぶ。


 街の外周では、家屋が一軒、また一軒と崩れていく。


 それでも、動かない。


 動かないことが、彼女にとって最も難しい戦いだった。


「――ディ、動かない」


 自分に言い聞かせるように呟く。


「ディ、動かない」


 カノンが、そっと彼女の腕を掴んだ。


「ディローザさん」


「うん」


「あと、少しです」


「……うん」


 リドリーが、大盾を構えたまま振り返る。


「副長が、そう仰ったのです。信じましょう」


 ディローザは頷いた。


「――ディ、我慢する」


 大剣の柄が、軋んだ。


「ねぇさんも、そう言ってたから」


 彼女は、前を見たまま、動かなかった。




 第一防衛線の影。


 ラピエラは、竹子の指揮所を遠くから見ていた。


 近づかない。

 副長の命令だからだ。


「――隊長、まだ立てねぇ」


 彼女は、伝令の少年兵へ低く告げた。


「けど、意識はある。あーしの見立てじゃ、身体が動かねぇだけだ。頭は生きてる」


「副長様へ、お伝えします」


「ああ」


 少年兵が走り去る。


 ラピエラは、再び指揮所を見る。

 竹子がいる。すぐそこにいる。助けに行ける距離だった。


「……隊長」


 足が、一歩だけ動いた。

 しかし、止まる。


「……行きてぇ」


 拳を握る。


「でも……」


 副長の顔を思い出す。

 あの静かな声。


 ――まだ、誰も近づけぬように。


「……副長が、行くなって言った」


 ラピエラは、もう一度、指揮所を見た。


「……くそ」


 それでも、動かなかった。


「隊長」


 小さく呟く。


「あーし、ちゃんとここにいるからな」


 そして、影の中へ戻った。




 後方指揮所。


 カラミーテは、次々と届く報告を受けていた。


「第一防衛線、中央。第二射まで百八十拍」


「メリッタ様、結界修復中」


「狙撃班、敵指揮官二名を排除」


「前衛、待機を継続」


 カラミーテは、一つずつ頷いた。


 扇子は、まだ開かない。


 彼女の指先が、竹子の指揮所を示す駒に触れた。


「――隊長様」


 誰にも聞こえない声だった。


「どうか、戻ってきてくださいませ」


 彼女は、その駒を、ほんの少しだけ後ろへ動かした。


「……戻ってくる場所は、私たちが守ります」


 外で、次の砲声が近づいていた。




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