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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第一章 帰る場所なき刃 〜忠義の喪失と、辺境の姫〜

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第伍話「小さな街の息吹」


2026/7/18 加筆修正。




 フラットペイン領の朝は静かだった。


 竹子は朝の澄んだ空気の中、館の中庭で愛刀「夜叉霧やしゃきり」の素振りを終え、イルミナに手招きされて朝の茶の席についた。出された温かい果実水を口に含みながら、昨晩に続き、故郷である「会津」についての話を少しずつ紐解いていた。


「なるほど……アイヅという地には、鶴ヶ城という壮麗な城があり、主君への忠義を何よりも重んじる独自の掟があったのですね」


 感心したように相槌を打つイルミナだったが、ふと、何かに気づいたように美しい眉をひそめた。


「……あの、タケコ様。今更ながら、一つお聞きしてもよろしいですか?」


「何なりと、姫君」


「タケコ様は……なぜ、我がリヴァーチュ王国の公用語をそれほど流暢に話せるのですか? 遠い異国から来られたはずなのに、発音も言葉選びも、まるで王都の教養ある貴族のようです」


 イルミナの純粋な疑問に、竹子は小首を傾げた。


「何を仰いますか。私は先ほどから、我が故郷の言葉――日ノ本の言葉で話しておりますが」


「え……? ですが、私の耳には、完璧な王国の言葉に聞こえています」


「何と」


 竹子は自身の喉に手を当てた。自分としては、会津の武家の娘として使い慣れた言葉をそのまま口にしているつもりだった。だが、イルミナにはそれが現地の言葉として認識されているという。


「不思議なこともあるもので御座るな。……ですが」


 竹子はふっと、微かに口元を緩めた。


「一度死んだはずのこの身が、傷一つなく生きてこの地に立っているのです。それに比べれば、言葉が通じることなど些細なこと。大事なのは、こうして姫君と意思の疎通ができていること。それで良いのではありませぬか」


「え? あ……ふふ、まあ、それはそうなのですけれど」


 あまりにも豪胆な、あるいは武士らしい大雑把な割り切り方に、イルミナは呆気あっけに取られた後、クスクスと小さく笑った。


「タケコ様は本当に不思議なお方です。……あるいは、我が領の精霊樹様が、あなたと私たちを繋ぐために、何らかの加護を授けてくださったのかもしれませんね」


「左様かも知れませぬな。御神木の力、あなどるべからず、です」


 謎は謎のままで良い。通じ合っているという事実こそが、今の二人には何よりの救いだった。



 ***



 日中、竹子は護衛を兼ねて、イルミナと共に城下町の散策へ出向いた。

 簡素な木造の家々が並ぶ街並みを歩きながら、竹子は異世界の「日常」をその目に焼き付けていく。


 市場では、鈍い光を放つ銅貨や銀貨がせわしなく行き交っていた。昨晩竹子が涙したあの「豆ペーストの焼き菓子」は、銅貨三枚で買える領民のささやかな娯楽なのだという。


 人々の衣服は麻や粗末な獣皮が中心で、豊かとは言い難い。それでも、街の中央に立つ枯れかけた精霊樹に向かって、領民たちが一日に一度、胸の前で手を合わせて祈りを捧げる姿があった。独自の「聖樹信仰」が、この地の民の心の拠り所となっているようだった。


 しかし、穏やかに見える街の呼吸の中にも、竹子は明確な「歪み」を感じ取っていた。


「……姫君。あの者たちは?」


 竹子が視線を向けたのは、市場の片隅、日陰に身を潜めるようにして座り込む者たちだった。


 頭部に獣の耳を持つ者。あるいは、煤に汚れながらも、常人より尖った耳を持つ者。彼らは一様に薄汚れた衣を纏い、人間の領民たちから忌避されるようにして、重い荷物の運搬などの重労働に従事させられていた。


「彼らは獣人やエルフ……いわゆる『亜人あじん』と呼ばれる種族の方々です」


 イルミナは痛ましげに目を伏せ、声を潜めた。


「この世界、特に我がリヴァーチュ王国やサッ・ローンド帝国では、魔力を持たない、あるいは人間に敗れた種族を『不浄の民』として低く見る風潮があります。我が領では奴隷としての使役こそ禁じていますが……王都や帝国では、彼らは公然と売り買いされる身分なのです」


「身分、ですか」


 竹子は静かにその光景を見つめた。


 ちょうどその時、市場の共同井戸で水を汲もうとしていた亜人の幼い子供が、後から来た人間の男に無言で突き飛ばされるのが見えた。

 子供は泥に膝をつきながらも文句一つ言わず、当たり前のように列の最後尾へと小走りで向かおうとした。


 ――その細い腕を、竹子はふわりと掴んだ。獣の耳を持つ幼子は、びくりと肩を震わせて竹子を見上げる。怯えではなく、諦めきった瞳だった。誰かに触れられれば、それは殴打の前触れであると学んだ子供の目である。

 竹子は無言で子供の手を引き、井戸へと歩み寄った。突き飛ばした男が眉をひそめる。


「――順番であろう。この子が先だ」


 発せられた声は、静かだが有無を言わさぬ響きを帯びていた。

 男は何か言いかけて、竹子の薙刀と、その静かな眼光に気圧され、舌打ちして下がった。


 幼子は、水の入った桶を胸に抱えたまま、しばらく竹子を見上げていた。何を言えばよいのか分からない、という顔だった。

 竹子は小さく微笑み、ぽんとその頭を撫でた。


「行け。母者が待っておろう」


 子供は弾かれたように駆け出し、路地の奥へと消えた。イルミナはその一部始終を、瞬きもせずに見つめていた。

 故郷にも「士農工商」という身分制度はあった。


 武家に生まれた竹子にとって、生まれながらに定められた役割や秩序は身近なものであった。しかし、今目の前で起きているそれは、社会を回すためのことわりというより、ただの剥き出しの蔑視に見えた。


「身分によって、最初から不条理を強いられる世界……」


 竹子は腰の夜叉霧の柄に、そっと手を添えた。


 新政府軍が掲げた「四民平等」というお題目の裏で、会津の人間が「賊軍」として容赦なく蹂躙され、地獄を見たあの日々が脳裏をよぎる。形は違えど、強者が弱者を踏みにじる理不尽は、この世界にも満ち満ちている。


 その時、市場の向こうから、大きな怒号が響き渡った。


 中央からの不穏な影が、この小さな辺境伯領に確実に忍び寄りつつあった。




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