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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第六章 亡霊たちの夜明け 〜思想の衝突と、覚醒〜

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第伍拾話「同じ夜明け」




 その夜、遅く。


 竹子は、イルミナの私室を訪ねた。


 イルミナは眠っておらず、精霊樹の護符を膝に置いて座っていた。卓の上には、三通の書簡が並べられている。


 竹子は、その書簡を一瞥した。イルミナは隠そうとはしなかった。


「ベイバレイ伯爵様から、物資が。セントスタンド子様からは、志願兵が五名、独断でこちらへ向かっているとの由。……ツライト伯爵様は、王都のご意向に、忠実で、いらっしゃいます」


 イルミナの声は、静かであった。


「……セントスタンド領からは五人でも、来てくださるのですね」


「はい。手紙には志願兵と書かれていましたが、今思えば……」


 竹子は、正座して頭を下げた。


「イルミナ様。……本日、伺いたきことが、一つございます」


「はい」


「もし、ブロックス将軍の理想が、この先、世に広まれば――イルミナ様の家も、辺境伯という位も、いずれ、消える運命かもしれませぬ」


 イルミナは、しばらく答えなかった。


 やがて、精霊樹の護符を両手で握った。


「――タケコ様」


「はい」


「私は、位のために、この地を守っているのではございません」


 その声は細く、しかし、澄んでいた。


「私は、この地の民の方々が、私を『領主』と呼んでくださる。その呼び名に恥じぬようにしたいと、思ってきただけでございます」


「……」


「もし、位が消える日が来るのならば。……その日まで、私は、私の役目を果たします」


 竹子は、深く頭を下げた。


「かたじけない。私も、同じ答えを持っておりました」


 しばらく、沈黙があった。


 やがてイルミナが、竹子に問いを返した。


「タケコ様。……わたくしからも一つだけ、お伺いしても、よろしゅうございますか」


「はい」


「あなたは、故郷で、ご自分の『位』――武家の娘、という位を守ろうとして、あの戦に向かわれたのですか」


 竹子は、答えられなかった。

 しばらく、下を向いていた。


 やがて絞り出すように、彼女は答えた。


「――解りませぬ。あの時、私は多くのものを、考える暇がございませんでした。ただ、家族と、同胞を失いたくない、と。……それだけを思うておりました」


 イルミナは、静かに頷いた。


「……私は、思うのです。あなたが、守ろうとなさったのは、位ではなく、位の中にあった、母君や、妹君や、同胞の方々の――『名』だったのではないか、と」


 竹子の指が、僅かに震えた。


 イルミナは、精霊樹の護符を卓に置いた。


「私が守りたいのは、辺境伯という位ではございません。この地の人々が、それぞれ持っておられる『名』でございます」


「……」


「ブロックス将軍は、名を、番号に置き換えようとなさっております。三番砲。十七番砲。……そして、いずれ、三番村、十七番民、と」


 彼女は、微かに笑った。悲しげな笑みであった。


「私は、それが、怖いのでございます」


 竹子は、正座を崩さずに、しばらく卓の一点を見ていた。


 やがて、顔を上げた。


「――イルミナ様」


「はい」


「私、今日、答えの一つを頂きました」


「……お答え、と、申しますと」


「義とは、位を、守ることではない。義とは、名を、守ることでござる」


 イルミナは、精霊樹の護符にそっと両手を添えた。


「故国――会津で、私が守れなんだ名を。……この地で、一人でも多く守りたい」


 竹子は頭を下げた。


「――勝手ながら、それを、私の義と致します」


 イルミナは、微笑んだ。


「タケコ様。……勝手ではございません」


「……」


「それは、私の義でもございます」



 ***



 同じ頃。


 遥か東。丘陵地の仮陣。


 サードル・ブロックスは、地図の前に立っていた。

 副官のフィジックが、明日の魔導砲の展開図を卓に広げている。


「閣下。第一射、目標座標の確認を、いただきたく」


「どこを、狙う予定だ」


「城下、南門正面。第一防衛線の中央――敵指揮所の直上でございます」


 ブロックスは、地図を見た。


 赤い印が一つ。


 敵指揮所。


 その印の向こうには、城がある。


 昨日、自分が話題にした女――タケコ・ナカノが、そこにいる。


「……フィジック」


「はっ」


「昨日、私は、あの女の立つ理由が知りたいと言ったな」


「はい」


「聞く方法は、ある」


「……と、申しますと」


 ブロックスの指が、地図の上で止まった。


「初弾を外せばいい」


 フィジックは、顔を上げた。


「指揮所を避けて、城壁外へ撃ち込む。そうすれば、あの女と対話する時間は残る」


「では――」


「だが」


 ブロックスは、地図を見たまま言った。


「それは、私が一個人に興味を持ったという理由で、軍事行動を変更することになる。……私は、それを認められない」


 彼は、指揮所を示す赤い印を、指先で軽く叩いた。


「理解することと、残すことは、別だ」


 フィジックは、何も言わなかった。


 ブロックスは、しばらく地図を見ていた。


 そして――


「――変更しない」


「……はっ」


「初弾は、予定通り、指揮所の直上に落とせ。三番砲に命じよ」


「承知いたしました」


 フィジックが頭を下げる。


 しかし、彼は去らなかった。


「閣下」


「なんだ」


「……もし、初弾で、あの女が生き残れば」


 ブロックスは、しばらく答えなかった。


 やがて、低く言った。


「その時は、聞く」


「お聞きになるのですか」


「死者には、答えられない」


 淡々とした声だった。


「生き残った者だけが、自分の理由を語れる」


「……では、あの女を殺すことが目的なのでは?」


「違う」


 ブロックスは、地図から目を離さなかった。


「目的は、指揮所を破壊することだ。そこに、彼女がいただけだ。――私は、彼女を特別扱いしない」


 その言葉だけは、妙に強かった。


「特別扱いすれば、私自身が、旧い世界の論理へ戻ることになる」


 フィジックは、目を伏せた。


「――閣下は、既に、あの女を特別な存在として認識しておられるのでは?」


 ブロックスは答えなかった。


 しばらくして、面頬の下で、微かに口元が動いた。


「興味は、非合理だ」


「……」


「だが……非合理は、排除されるべきだ。……だからこそ、初弾は指揮所に、落とす」


 彼は、地図を閉じた。


 フィジックが敬礼した。


 天幕の外から、夜明け前の冷たい風が吹き込んできた。


 ブロックスは、閉じた地図の上に手を置いた。


「それでも生き残れば――」


 ほんの一瞬だけ、言葉が止まった。


「……その時は、私の非合理も、生き残ったということだ」



 ***



 東の空が、白み始めていた。


 フラットペイン領主城の見張り塔から、東の街道を望む眼が、二万の軍勢の松明の帯が、確実に近づいていることを確認していた。


 同じ夜明けを、竹子はイルミナの部屋の窓越しに見ていた。


 同じ夜明けを、ブロックスは閉じた地図の前で迎えていた。


 同じ夜明けを、ヴィスタル村の納屋で、フィナ老婆が湯呑みを握りながら迎えていた。


 同じ夜明けを、王都の外務卿は寝台の中で迎えていた。


 名を呼ぶ者と、番号を呼ぶ者。


 名を数える者と、機能を数える者。


 同じ地平の、同じ鉛色の下で、それぞれの朝を迎える。


 魔導砲の咆哮まで、あと、三刻。





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