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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第五章 半旗の城下 〜パンの匂い、晩夏の遠雷〜

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第肆拾壹話「遠い雷」




 夜が更けた。


 街の広場が静かに片付けられ、人々はそれぞれの家へと戻っていった。




 城壁の上に竹子は一人登っていた。

 夜叉霧を手に東の空を見つめている。


 昼の澄んだ青は、深い黒に変わり、その黒の中で遠く地平の彼方で、微かに白い光が瞬いた。


 ――雷。


 雷鳴は届かなかった。

 だが、光だけが確かにあった。

 夏の終わりの、乾いた遠雷である。


 雷鳴の代わりに、背後から静かな足音が響いた。


「――やはり、こちらに、おいででしたか」


 イルミナだった。


 外套を羽織り、精霊樹の護符を胸に抱えて。


「――領主様」


「タケコ様」


 イルミナは竹子の隣に並び、二人はしばらく無言で東の空を見つめた。


 やがてイルミナが静かに口を開いた。


「タケコ様。……ご心配なさっているのは、次に来られるお方のことですか」


 竹子は驚いて少女辺境伯を振り返った。


「――分かりますか」


「はい」


 イルミナは微かに微笑んだ。


「あなたは勝った時ほど遠くをご覧になります」


 竹子はしばらくこの少女を見つめた。


 この人はいつからこんなにも、私を見ていてくれたのだろうか。

 彼女は、東の空へ視線を戻した。


「――イルミナ様」


「はい」


「次に来るのは、私が故国で戦ったのと『同じ顔』をした敵でござる」


「……同じ顔」


「私を亡霊のままにした、あの新政府軍と――同じ思想を持つ男でござる」


 イルミナはしばらく無言で東の空を見上げていた。


「――そのお方はあなたに何を仰るのでしょうか」


「――『お前が守っているものは、消えるべき旧弊である』と」


「……」


「『武士道、騎士道、貴族制、封建制――それら全て、人類を停滞させる旧弊である』と。……そう申されるであろう」


 夜叉霧の柄を握る竹子の親指が、僅かに動いた。


「――イルミナ様。正直に申し上げれば、そのお方のその一言に、私の背骨の半分が揺らぐことを知っておるのです」


「――と、申しますと」


「あの新政府軍の兵たちの中にも、確かに正しい者はおり申した」


 竹子は静かに続けた。


「身分の低い出自から実力で上がって来た者たち。彼らの多くは無能な貴族の不条理をその目で見てきた。彼らの掲げた『四民平等』の理念は――それ自体としては間違っておらなんだ」


「……」


「私の――会津の敵は、決して悪ではなかった」


 その一言を、竹子は初めて口にした。


 今、この夜の城壁の上で、彼女はそれを初めて口にした。


「――タケコ、様」


「イルミナ様。私は……悪と戦ったのではない。私は『新しい思想』と戦ったのでござる。その新しい思想は、確かに身分による不条理を無くそうとしていた。……それを私は否定できぬ」


「……」


「されど、その新しい思想は、私の母を、私の妹を、私の同胞を『旧弊』の一言で切り捨てた。――私の母のあの掌の温もりを。――私の妹のあの泣き顔を。――私の同胞のあの最後の辞世の句を」


 竹子の声が微かに震えた。


「それらを全て『歴史の必然として消えるべきもの』と、そう呼んだ」


 イルミナは、じっとこの異界から流れ着いた武人の横顔を、見つめていた。


「――私は、その新しい思想の正しさを否定はせぬ。されど、私は、古い制度を守りたいのではない。古い制度の中に生きていた人々まで、古いという理由だけで、消してよいとは思わぬのだ」


 竹子は、深く息を吐いた。


「それが、私の会津で見つけられなかった答えである。そして、今この街で私が次のお方に告げねばならぬ、答えである」


 二人はは東の空を見つめ、暫しの間無言でいた。


 やがてイルミナは、そっと竹子の袖を掴んだ。


「――タケコ様」


「はい」


「私は辺境伯として、あなたに一つお願いがございます」


「うむ」


「次のお方にその言葉をあなたが告げる時、どうか私をあなたの隣に立たせてくださいませ」


「――イルミナ様」


「私はまだ若く、為政者としての力も器量もう少しございません。ですが、私は辺境伯として、あなたのその言葉の証人になりとうございます」


 竹子はしばらくこの少女を見つめた。


 夜叉霧の柄の翠緑が、彼女の掌の下で静かに脈打っていた。


「――かたじけない」


 彼女は深く頷いた。


「あなたの証言のもとで、次のお方に答えを告げさせていただく」


 東の空でまた微かに白い光が瞬いた。


 やがてイルミナが呟いた。


「――タケコ様」


「はい」


「あの遠い雷はまだ鳴っておりません」


「はい」


「私の身勝手を申し上げてよろしいですか」


「うむ」


「――今夜だけは、あの雷が鳴らずに、静かに消えてくれればと、そう願うております」


 竹子は静かに笑った。


「――同じ願いを私も思うており申した」


 二人は無言で東の空を見上げていた。


 夜風が二人の外套を揺らしながら通り過ぎた。




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