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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第五章 半旗の城下 〜パンの匂い、晩夏の遠雷〜

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第參拾玖話「弔いの鈴」




 三日目の午後、メビック伯爵が街道の彼方に消えた頃には、街の空は皮肉なほど澄み渡っていた。


 夏の終わりの、乾いた青。


 城壁の上からその空を、竹子は無言で見上げていた。


 ――勝ったのか。


 竹子は、そう思った。

 だが、すぐにその考えを捨てた。街には、帰らぬ者がいる。ならば、これは勝利ではない。


 ただ、これ以上、死なずに済んだだけだ。



「――隊長様」


 背後から、カラミーテの声がした。


「弔いの支度が整いました」


「うむ」


「スコット様の亡骸を、街の墓地へお運びいたします。ご遺族が隊長様に御同行をお願いしたい、と」


 竹子は、東の空から視線を下ろし、夜叉霧の柄を無意識に撫でた。


「参ろう」




 街の墓地は精霊樹の丘の東の斜面にあった。

 初代辺境伯より五代の民が静かに眠る場所である。


 今、その斜面を白い布に包まれた亡骸を、四人の若者が担いで登っていく。


 先頭をトレクが、パンの籠を胸に抱えたまま歩いていた。


 その隣にはディローザが。


 列の後方、遺族の父――職人組合の頭のニコデム――と、母、そして、まだ幼い妹二人。母は声を上げずに、ただ涙だけを頬に伝わらせていた。


 その後ろに、竹子、イルミナ、カラミーテ。


 さらに、その後ろに娘子隊の主だった顔ぶれと老騎士たち、そして街の民が静かに続いていた。


 列の最後尾、少し離れた場所を歩くペルトの金の鈴が、寂しげで澄んだ音を奏でていた。カグラ神社の鎮魂の拍子である。


 この街では、ミヒルイ教が国教であり、ペルトの神楽は本来、公の場では許されぬ。

 だがこの弔いに、遺族の父ニコデムがペルトの神楽を懇願したのであった。


「――スコットは、フジ様の青い光と、チネル様の緑の薬と、そして、ペルト様の金の粒子に囲まれて逝きました。あの三色に送られたあの子の魂を、巫女様の拍子であの世まで届けていただきたい」


 その依頼を、ペルトは何も言わず頭をひとつ下げて受けた。




 墓穴の脇に、亡骸が丁重に下ろされた。

 街の墓守の老人が深く一礼し、ミヒルイ教の司祭が経を上げ始めた。国教の祈りである。


 それが、静かに終わったその直後。


 ペルトが、そっと狐面を顔に下ろした。


 金の鈴が、涼やかに鳴った。


 彼女の指先から淡い金色の粒子が、午後の陽の中に広がり始める。


 それはこの街で初めて公の場で舞われる、カグラ神社の鎮魂舞であった。


 国教の司祭は静かに目を伏せた。


 彼は抗議しなかった。この街の辺境伯がこの舞を許した。ならば、それがこの街の答えである。


 ペルトの舞は短かった。


 だが、その指先の金色の粒子は亡骸を包み遺族の頬をそっと撫で、そして朝の空へと静かに昇っていった。


 トレクがその粒子の流れを見上げていた。


 彼の唇が微かに動いた。


「――兄ちゃん」


 その一言だけであった。


 ディローザが大きな手で、少年の頭を優しく包んだ。


 少年は、泣かなかった。

 ただ、パンの籠をぎゅっと抱えて、朝の空を見上げ続けていた。



 弔いが終わった後。


 職人組合の頭ニコデムが、竹子の前でゆっくりと頭を下げた。


「――タケコ様」


「うむ」


「息子を街のために使っていただき、まことにありがとうございました」


 竹子は、目を閉じた。


「――ニコデム殿。その言葉は」


「――いえ、タケコ様」


 ニコデムは顔を上げた。その目は赤かったが、真っ直ぐに竹子を見ていた。


「あの子は、剣を握ることを望みました。私がそれを止めました。『お前はまだ若い。街の後ろの仕事をしろ』と。……それがあの子の命を繋ぐのだと、私は今日まで信じておりました」


「……」


「ですが……あの子は、パンを、運ぶ、道の途中で……逝きました」


 ニコデムの声が微かに震えた。


「もし、あの子が、剣を、握って、前線に、出ていれば。……あるいは、もし、あの子が、街の、もっと、奥の、井戸端で、留まっていれば。……その『もし』を、私は、生涯、抱えて、生きて、参ります」


「――ニコデム殿」


「ですが……タケコ様」


 ニコデムは、深く息を吸った。


「あの子は、パンを、抱えて、逝きました。剣ではなく、パンを。……あの子の遺した、その、パンの、匂いだけは、私は生涯、忘れませぬ」


 そう言って、ニコデムは深く頭を下げた。


「トレクには、剣ではなく、パンを持たせてやってください。あの子の弟として、あの子が残したパンの匂いの中で、この街を……生きてほしいのでございます」


 竹子は、この老いた職人の父の、その頭を下げた背中を、無言で見つめていた。


 そして、竹子は自分もまた深く、深く頭を下げた。


「――かたじけなく、承ります」



 フラットペイン城に掲げられた半旗が、静かに揺れた。




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