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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第一章 帰る場所なき刃 〜忠義の喪失と、辺境の姫〜

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第參話「フラットペイン辺境伯領」




 横転した馬車を引き起こし、負傷した護衛たちを乗せると、一行は再び街道を進み始めた。


 竹子は馬車のふかふかとした長椅子に、イルミナと向かい合う形で腰を下ろしていた。揺れる車窓から見える景色は、やはり竹子の知る日本の山河とは決定的に違っている。


「改めまして、タケコ様。命を救っていただいたこと、深く感謝いたします」


 イルミナが居住まいを正し、優雅に頭を下げた。泥に汚れたドレス姿であっても、その所作には隠しきれない気品が漂っている。


「私はイルミナ・ティル・フラットペイン。この先にあるフラットペイン辺境伯領の領主代行を務めております」


「……ヘンキョウハク、ですか」


「はい。我が領地は、東の大国・アルテグラン帝国との国境に位置する小さな領地です。帝国からの侵攻に対する『盾』としての役割を担うため、辺境伯という地位を預かっております」


 盾。その言葉に、竹子の眉が微かに動いた。


 かつての会津もそうであった。幕府の命を受け、京の都を不埒な輩から守るための『盾』――京都守護職という重責を担った。それゆえに新政府軍から最も強い恨みを買い、悲惨な戦火に巻き込まれることになったのだ。


「タケコ様は、アイヅというお国から来られたのですよね。どのような所なのですか?」


 イルミナの純粋な問いに、竹子は伏し目がちになり、自らの膝に置いた夜叉霧の鞘をそっと撫でた。


「……遠い国です。雪深く、しかし義に厚い国でした。私はそこで敗軍の将となり、命を落としました」


「命を、落とした……?」


「信じられぬでしょうが、私は一度死んだ身。首を落とされる寸前に、気がつけばあの森で目を覚ましていたのです。ゆえに、帰る場所も、とうに失っております」


 竹子が淡々と語る壮絶な過去に、イルミナは息を呑んだ。それ以上踏み込んではならないと悟ったのか、悲しげに目を伏せる。


「そう、でしたか……。それにしても、先ほどのあなたの武芸には驚かされました。魔力もなしに、魔法を斬り裂くなど……」


「マホウ……先ほどから耳にするその言葉、どういう意味で御座るか?」


 竹子の問いに、今度はイルミナが目を丸くした。


「魔法をご存じないのですか? 先ほど盗賊が放った火の玉のように、体内の『魔力』を練り上げて放つ不可思議な術のことです。通常は呪文の詠唱や、魔石と呼ばれる触媒が不可欠なのですが……。タケコ様は、あのような炎を剣技だけで打ち消されました」


「私はただ、気迫を刃に乗せて振るったまで」


 そう言って、竹子は夜叉霧を鞘から少しだけ引き抜いた。

 車内に、虹色の妖しい光が差し込む。それを見たイルミナが、「あっ」と小さな声を上げた。


「タケコ様、その刀身……それはもしや、『七色の魔鋼ヒヒイロカネ』ではありませんか?」


「ヒヒイロカネ?」


「神話に登場する幻の希少金属です。あらゆる魔力を弾き、あるいは吸収して霧散させる性質を持つと言われています」


 竹子は愛刀を見つめ直した。


「……もしかすると、タケコ様の尋常ならざる『気迫』と、その刀が持つ性質が合わさったことで、魔法を斬り裂くことができたのかもしれません」


 元の夜叉霧は、玉鋼たまはがねで打たれた業物ではあるが、そのような力はなかった。死の淵からこの世界へ渡る際、己の魂と共に、この刀もまた異世界のことわりを帯びて生まれ変わったということか。


「……神仏の悪戯か。私にまだ戦えと言うのだな」


 竹子がぽつりと呟くと、イルミナは自らの両手を膝の上で固く握りしめ、竹子の手にある夜叉霧を見つめていた。


「タケコ様。実は我が領地は今、存亡の危機にあります」


 イルミナの口から語られたのは、過酷な現状だった。


 強大な軍事力を持つアルテグラン帝国が、効率的な統治を名目に、フラットペイン領の併合を迫っているという。領民はわずか五百。父である辺境伯は病に伏せ、跡取りであった兄は帝国との小競り合いで命を落とした。

 今、この小国を背負っているのは、弱冠十六歳のイルミナただ一人なのだという。


「……降伏すれば、民の命は助かると言われています。ですが、帝国に膝を屈すれば、この土地の誇りは消え、領民たちはただの労働力として散り散りにされるでしょう。私は……民を死なせたくはない。けれど、この土地の魂まで奪われたくはないのです」


 震える声で語るイルミナの姿が、竹子の視界で滲んだ。


 あぁ、やはりこのお方は。


 ――恭順か、抗戦か。


 かつて主君・松平容保かたもりが突きつけられたのと同じ、地獄のような二択。

 容保は、朝廷への深い忠義と会津の誇りを守るため、涙を飲んで抗戦を選び、結果として多くの民と家臣を死なせた。竹子もまた、その誇りのために薙刀を振るい、散った一人だった。


 あの時、自分は末端の兵として、ただ散ることしかできなかった。

 だが今は違う。自分の手には、魔法すら斬り裂く刃がある。


「タケコ様」


 イルミナが、懇願するように竹子を見つめた。


「あなたには、帰る場所がないと仰いました。もしそうであるならば……どうか、我が領へ来てください。あなたのそのお力で、私たちをお助け願えないでしょうか」


 それは、一国の主としての誇りを捨てた、なりふり構わぬ願いであった。


 竹子は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 亡霊として蘇った命。失われた忠義。そのすべてを懸けるに足る主君が、今、目の前にいる。

 そのイルミナの手は僅かに震えていた。


 竹子は長椅子から滑り降りるようにして、狭い馬車の床に片膝をついた。

 そして、夜叉霧を床に置き、イルミナへ向けて深々と頭を垂れる。


「……敗軍の将に、そこまで仰っていただけるとは。もったいなきお言葉」


「タケコ様……?」


「この中野竹子、かつての故郷と共に一度死んだ身なれば。これより先の命、すべてあなた様に捧げましょう」


 顔を上げた竹子の瞳には、もはや亡霊の迷いはなかった。あるのは、武家として研ぎ澄まされた純粋な決意の光だけである。


「我が刃は、フラットペインの盾となる。今度こそ……我が命に代えても、あなたと、あなたの民をお守りいたす」


 異世界に落ちた会津の烈女が、新たなる主君と「義」を見出した瞬間であった。




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