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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第四章 フラットペイン籠城戦 〜三日目の白旗〜

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第參拾貮話「盗賊と猫」




 メビック本軍の先陣が、外周罠地帯を三分の一ほど押し進んだところで、日が傾き始めた。


 罠の炸裂と狙撃で、既に三百に近い損害が、彼らの背後に伏している。だが、メビックは退かず、前へ、前へと、部隊を押し込み続けた。


 その中で――以蔵は、後方の丘の上に、一人、立っていた。


 左肩の傷は、まだ完全には塞がっていない。布を巻いた上から、黒い合羽を羽織り、無銘の打刀は腰に差したまま、抜こうとはしなかった。


「――ふぅん」


 彼は、遠く、フラットペインの街を見下ろした。


 街道の魔導罠、市街地の枡形、城壁の狙撃。それらの全てが、彼の目には、一枚の絵として繋がって見えていた。


「街を、一振りの薙刀にしちょる」


 傍らで、勤王党インペリアントの若い兵士が、震える声で問うた。


「以蔵殿。……我らも、前へ出ますか」


「出ん」


「え」


「わしゃ、今日は、見ちょる」


 以蔵は、口の端を歪めて嗤った。


「メビックの伯爵さん、まだ、あの女の間合いを測っちょらん。あの外周は、罠地帯じゃない。あれは、竹子の一の太刀ぜよ。あれを浴びた後で、伯爵さんが、二の太刀を捌けるかどうか。……わしゃ、それを見に来た」


「見に……」


「ああ」


 以蔵は、丘の上に腰を下ろし、傷ついた肩を庇いながら、街を見つめ続けた。


 彼の中で、竹子は「今すぐ殺すべき相手」ではなくなっていた。


 いや――正確に言えば、殺したい。斬りたい。あの女を、あの理合いで捌く女を、いつか自分の刀で、真っ二つに割ってみたい。


 だが、それは今日ではない。

 今日は、あの女が、この街全体を、どう振るうかを、見届ける日である。


「――生きちょれや、会津の女」


 以蔵は、遠くの城壁を見つめた。


「わしが見届けるまで、な」



 ***



 日没。


 メビック本軍は、外周の三分の一を越えたところで、野営に入った。損害、三百二十。うち死者、およそ百四十。


 街の指揮所では、カラミーテが駒盤の外周の帝国駒を、大きく脇に払っていた。


「――初日、まずまずですわ。想定より、二割ほど早く削れております」


「メリッタの罠、残数は」


「およそ半分、まだ残っております。二日目の朝、彼らが夜の間に迂回路を探ってきた時のために、夜間分の再敷設も、既に指示済みで」


「――ラピエラを」


「はい、既に、動いております」




 夜陰。


 ラピエラは、屋根の上を音もなく駆け、街の外壁を越え、帝国軍の野営地の外縁まで、ただ一人、忍び寄っていた。


 背中に、コーディアからそっと譲り受けた投げ短刀を数本。腰に、王都時代からの相棒である曲がり刃の匕首。

 そして、頭巾の下には、メリッタから「絶対に失くすな」と念を押された小型光魔導具。


 彼女の背後、三十歩ほど遅れて、コルニャがついてきていた。


「――にゃ」


「静かに、コルニャ」


「ラピエラ、あんた、足音、消えすぎにゃ。あたし、あんたの足音、追えないにゃ」


「そりゃ、スラム仕込みさ。子どもの頃から、殴られないように歩いてたら、こうなる」


「……ラピエラ」


「ん?」


「あたし、その話を聞くたびに、あんたの頭をナデナデしたくなるにゃ」


「やめてくれ」


「猫は癒しが仕事にゃ」


「あーし、犬派」


「それ、猫に言う台詞じゃないにゃ」


 二人は、影の中を進んだ。



 帝国軍の斥候が一人。また一人。

 ラピエラが身を滑らせるたび、敵兵が音もなく地面へ沈む。


 その横で、コルニャは風に鼻を向けた。


「――待つにゃ」


「何?」


「犬がいる」


「……犬?」


「斥候犬。北側に二匹」


 ラピエラは、初めて足を止めた。


「どうする」


「回るにゃ」


「分かるのか?」


「猫は犬より静かに歩けるにゃ」


「それ、何の根拠だよ」


「猫だからにゃ」


「……はいはい」


 二人は、焚き火の明かりを避け、大きく迂回した。


 やがてコルニャが、鼻をひくつかせる。


「――北西、五十歩」


「何かある?」


「紙の匂い。羊皮紙に、油の匂い。あと……香水」


「香水?」


「兵隊じゃないにゃ。偉そうな奴がいるにゃ」


「なるほど」


 ラピエラは笑った。


「さすが猫」


「もっと褒めるにゃ」


「あとでな」


 影の中を、二人は滑るように進んだ。




 一時間後。


 帝国軍の作戦地図と、将校名簿を懐に忍ばせ、二人は城壁内へ戻った。


「――もらってきた」


 ラピエラが、指揮所の卓上に地図を広げる。


 カラミーテは扇子の陰からそれを眺め、静かに微笑んだ。


「ラピエラさん。街へ来られた時は、正直、皆さんが眉をしかめておりましたけれど……」


「けど?」


「今夜だけで、評価はずいぶん変わったことでしょうね」


「……あんたが、あーしを褒めるなんてな」


「褒めるべき働きをなされたからですわ」


 カラミーテは、地図から目を上げた。


「生きるために身につけた技術は、大切になさいませ。過去がどうであれ、それは貴女の力ですもの」


「……」


「ただし――使い方だけは、お間違えにならぬよう」


 ラピエラは、しばらく黙っていた。


 やがて頭を掻き、


「ふーん……あんた、たまーに優しいよな」


「たまに、ではなくてよ」


 その言葉に、ラピエラは小さく笑った。


「……まあ、そういうことにしとく」



 指揮所の隅で、コルニャが既に、ラピエラの脱いだ外套を抱え込み丸くなり、寝息を立てていた。




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