表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第四章 フラットペイン籠城戦 〜三日目の白旗〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/56

第參拾壹話「満を持する乙女たち」




 昼を過ぎた頃。物見櫓の鐘が、二度、鳴った。


 ――帝国軍先陣、外周罠地帯に進入。


 カラミーテは、城壁裏に急遽組まれた作戦指揮所にいた。


 机上には、街の全図が広げられている。

 外周、市街、城壁。三つの防衛線を示す駒盤の上を、小さな木札が静かに動いていく。


 伝令を担うピナーレ。

 狼煙と鏡文字。

 そしてローズの小鳥たち。


 三つの線を結ぶ情報が、この場所へ集まり、ここから再び各持ち場へ流れていく。


 竹子は、夜叉霧を腰に、腕を組み、盤面を見下ろしている。――三線のどこにも属さぬ遊軍。

 だが、カラミーテが最後に判断を下すとき、その横には必ず竹子がいた。


「――来ましたわ、隊長様」


 カラミーテが、扇子の先で外周の駒を軽く弾いた。


「先陣は騎兵。その後ろに歩兵。両翼に軽装弓兵……教科書通りですわね」


「素直、ということか」


 カラミーテは扇子を閉じた。


「ええ、素直に、この街を『格下の辺境の反乱』と見ておられます。だからこそ、正面から、迷いなく踏み込んで来られるにでしょうね」


 竹子は盤面を見た。


「ならば、その甘さをいただこう」


「はい」


 カラミーテが、外周中央の木札を一つ、指先で弾いた。


「――第一線、開幕どうぞ」



 ドォンッ――!


 最初の魔導地雷が炸裂した。


 街道を進んでいた騎馬隊の先頭数騎が、瞬時に姿を消した。土塊と悲鳴、木片が空を舞う。


 続いて、二基、三基。メリッタの敷設した警戒地雷が、次々と踏み抜かれていく。



 ***



 城壁の裏、工房の脇で、当のメリッタは眼鏡を押し上げながら、小さく舌打ちした。


「――一号基、指向角、二度、ずれた。風向きの補正が甘かった。ちっ」


「メリッタさん、成功してますよ、成功」


 助手の一人が慌てて言うが、彼女は既に手帳を広げ、鉛筆を走らせている。


「二号基、良し。三号基、良し。四号基、これはやや早すぎ。歩兵が入り切る前に炸裂した。次の設計で改良点――」


「メリッタ、聞いてる?」


「聞いてない」


 完璧に自分の世界に没入した彼女に、助手たちは肩をすくめて、次の弾薬を運び始めた。


「――やはり、四十基にしておくべきでした。三十九、という数字は、どうにも、据わりが悪い」



 ***



 物見櫓。


 ビアンカが長弓を引き絞っる。


 二千歩の彼方。混乱の中で部下を叱咤する騎兵中隊長が、彼女の視界の中で、まるで止まっているように見える。


「――一発目」


 弦が鳴った。矢が風を裂く。


 中隊長の眉間を正確に射抜き、男は落馬した。

 続く矢が、隣の伝令兵の喉を貫く。


「オルペア」


「はい」


「逃げ帰ろうとする伝令だけ狙って。指揮を潰す」


「――了解」


 オルペアは既に弓を引いていた。


 逃げようとした軽装弓兵が、一人、倒れる。

 その指先に、迷いも震えもなかった。


 ビアンカは、ほんの一瞬だけ彼女を見た。

 以前なら、父の姿を探していただろう。だが――今は違う。


 彼女は自分の敵を、自分の手で見ている。



「コーディア」


「はい」


 槍を手にした少女が振り向く。


「あなたも、持ち場で同じことをするだけ。槍衾で路地を閉じて」


 ビアンカは、城下へ続く道を指した。


「そこには私の矢は届かない。あなたの手で、閉じて」


「――はい!」


 コーディアは深く頷き、物見櫓を駆け下りた。



 ***



「タケコ隊長。外周、順調に削れております」


 カラミーテが、駒盤の外周の帝国駒を、五つほど脇に払った。


「メリッタさんの罠、想定より一割ほど早めに反応しているようですが、命中率は八割。ビアンカさんの狙撃が、指揮系統を的確に潰しています」


「メビックの動きは」


「……ここです」


 カラミーテの指が、帝国本陣の駒に置かれた。


「先陣を退げず、後方の徒歩兵をそのまま前へ押しております。……犠牲を厭わず、罠地帯を『物量で踏み潰す』ご判断のようで」


「――甘い」


 竹子が短く呟いた。


「あの外周は、踏み潰されることを前提に敷いてある。踏めば踏むほど、遅れる」


 竹子は外周から市街地へ続く道を指した。


「メビック殿は、日暮れまでに市街地の外縁へ達するつもりであろう」


「――ええ」


 カラミーテは扇子で口元を隠しながら、微かに微笑んだ。


「一日目、外周で完全に足止め。二日目、市街地に押し込ませた上で分断。……ちょうど、隊長様のお引きになった図面通りに、進んでおります」


「まだ、初日の昼過ぎだ。油断はならぬ」


「はい」


「――ディローザは」


「城壁裏の第三線。リドリーさんと共に待機中です」


 カラミーテは少しだけ眉を上げた。


「ただし……先ほどから、扉の脇の柱を拳で叩いておりまして」


「叩く?」


「『まだ出番じゃないのねえさん』『ディも吠えたいのねえさん』と」


「……」


 竹子は、ほんの僅かに口元を緩めた。


「呼んで参れ」


「よろしいので?」


「城壁の下まで来させよ。前には出さぬ。ただ、そこで待機させる」


 竹子は静かに言った。


「ディローザの膂力は、外周が破られた時の最後の楔だ」


「畏まりました」


 ピナーレが一礼して駆け出した。



 ***



 城壁裏の控え室から、ディローザは大剣を抱えて走り出てきた。


「ねえさんが呼んでるって! ほんとに? ディを呼んでる?」


「ほんまや、ほんま、ディ姐さん。だからそんな早く走らんといて、うちが追いつかへん」


「わかった! ゆっくり走る!」


 ゆっくり走っても、ピナーレは追いつけなかった。



 城壁下の指定位置に着いたディローザは、大剣を地面に突き立て、両手をその柄頭に乗せて、ぐるりと外を見上げた。


「――ねえさん」


「うむ」


「ディ、ここで、何する?」


「待つ」


「え?」


「待つのが、お前の仕事だ」


 ディローザは、しばらくぽかんと竹子を見つめ、それから、大きく口を開けて笑った。


「わかった! ディ、ずーっと、待つ! ねえさんが『行け』って言うまで、ずーっと、待つ! ねえさん、忘れんといてね?」


「忘れぬ」


「うん!」


 ディローザは大剣に凭れ、鼻歌を歌い始めた。


 城壁の兵士たちは、その巨体を横目で見た。そして、誰からともなく、密かに息を吐く。


 ――この一人が、ここにいる。


 それだけで、城壁を守る兵士たちの腕の震えが、明らかに減じていた。



 竹子は、それを見届けてから、踵を返し指揮所へ戻った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ