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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第三章 異世界の鶴ヶ城 〜籠城と、決別〜

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第廿捌話「城塞、動く」




 会議が終わると、街はすぐに動き始めた。


 広場では、メリッタの助手たちが押収した魔導兵器を解体している。


 市場では、ピナーレたちが情報網を再構築していた。


 石畳が、あちこちで剥がされ始めた。


 折り曲げた路地の、さらに内側に、追加の遮蔽壁が組まれ始めた。屋根の上には、二階建ての家々の間に渡す矢座の板が運び上げられていく。


 街の女たちが、井戸端に集まっていた。


 水を運ぶ桶の割り当てを、老いた婦人が仕切っている。子どもたちは、包帯用の布を裂く作業を、母親から教わっていた。

 疎まれていたスラムの幼い獣人たちも、今は一緒に作業をこなしている。


 少年トレクが、パンの籠を両手で抱え、走っていた。前線ではない、野戦病院の炊き出しへ。かつて竹子に「戦は子どもの仕事ではない」と追い返された、あの少年である。


 彼は、竹子と目が合うと、少しだけ照れたように、しかしはっきりと言った。


「タケコ様。俺、今度は、剣は握りません」


「……うむ」


「その代わり、パンを、いっぱい、運びます」


 竹子は少しの間、その少年の顔を見つめ、深く、頷いた。


「頼むぞ、トレク」


「はい!」


 少年が駆け去った後、竹子は夜叉霧の柄をそっと撫でた。




 その日の夕方。


 城壁の最上階に、竹子は一人で登った。


 東の街道を見下ろす。まだ、敵の姿は見えぬ。しかし、地平の彼方の空気が、微かに震え始めているのを、彼女の武人としての勘は、既に捉えていた。


 背後から、静かな足音。


「――こんなところに、お一人で」


 カラミーテだった。手には、湯呑を二つ。


「隊長様。お茶を、お持ちしましたの」


「かたじけない」


 湯呑を受け取り、二人はしばらく、無言で東の空を見つめた。


 やがて、カラミーテが、扇子を開いて、静かに言った。


「――隊長様。一つだけ、申し上げてよろしいですか」


「うむ」


「わたくし、会議の席でも申しましたが、最初にあの枡形の図面を見た時――『こんな女子どもの絵で、街が守れるものか』と、腹の底で思っておりました」


 竹子は、少しだけ苦笑した。


「知っておった」


「――あら」


「あなた様の目は、正直でござる。口が丁寧すぎるだけで」


 カラミーテは、扇子の陰で、くすくすと笑った。


「参りましたわ。……で、今、わたくしがどう思っているか、お聞きになりますか?」


「聞こう」


「――『こんな女子どもたちの街だからこそ、守り抜ける』と。そう思うております」


 竹子は答えなかった。


 ただ、眼下の街を見つめた。


 パンを運ぶ少年。


 水を汲む女たち。


 魔導兵器を分解するメリッタたち。


 路地を駆ける娘子隊。


 そして、そのすべてを包み込むフラットペインという街。


 竹子は夜叉霧の柄を、もう一度だけ撫でた。


「……うむ」


 翠緑の文様が、夕陽の中で静かに輝いている。


「私も、ようやく分かった気がする」


 カラミーテが隣を見る。


「何を、ですの?」


「城とは、石や木で造るものではない」


 竹子は、街を見下ろした。


「そこに生きる者たちが、互いを守ろうとする限り――この街そのものが、城になる」


 その時。


 東の地平線。


 朝には何もなかった場所に、砂塵が一筋、立ち上がった。


 カラミーテの扇子が、ぴたりと止まる。


 竹子の目が細くなる。


「……来たか」


 街の下から、少年たちの走る足音が聞こえる。


 女たちの声が聞こえる。


 工房から、金属を打つ音が響く。


 誰も剣を振るっていない。


 それでも。


 街全体が、戦う準備を終えつつあった。


 竹子は夜叉霧を握り直した。


 翠緑の文様が、夕陽を受けて、脈打つように輝いた。


 ――城塞が、動き始めた。




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