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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第三章 異世界の鶴ヶ城 〜籠城と、決別〜

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第廿陸話「箱庭の街」




 夜叉霧に精霊樹の魂を宿した、翌朝。


 竹子は、自室の窓辺に立っていた。


 柄の中央に浮かんだ翠緑の文様を指の腹でそっと撫でながら、視線の先、朝靄の向こうに横たわるフラットペインの街並みを見つめている。


 ――低い外壁。角の丸い門楼。先日急拵えで手を入れた市街地。


 あの時、竹子はメリッタとカラミーテを引き連れ、街のあちこちを歩き回った。「本来なら、外堀を掘り直し、石垣を築き直したいところだが……時が、ない」。そう呟いた竹子が代わりに提案したのは、枡形ますがたの応用であった。


 城門の内側に、四角い区画を一つ設ける。門から入った敵は、必ずその区画に一度足止めされ、直進できず、直角に折れねば次の街路へ進めない。折れた瞬間、両側の建物二階の矢座から、狙撃と落石を浴びる。会津の城下に幾つも遺されていた、あの防御思想の翻案であった。


 主要な三つの門、そして城壁と街区の接合部――計五箇所に、竹子はその枡形を築かせた。石は積み直す時がなく、代わりに厚い木造の遮蔽壁、通称「返し板」を建てた。だが、それだけでは足りぬ。街路そのものを、意図的に折り曲げ、狭め、行き止まりを増やした。整然としていた市街地は、今や、外から来た者にとっては悪夢のように読めない迷路と化している。


 当時、街の商人たちは大いに反発した。「馬車が通れなくなる」「客が店を見つけられなくなる」――だが、ピナーレが市場を走り回り、カラミーテが商会の重鎮を一人ずつ相手取りその声を鎮めた。


 ――そして、その仕込みが、いよいよ活きる時が来た。


「タケコ様。お茶を、お持ちしました」


 背後から、ピナーレの明るい声。


 竹子は振り返り、微かに口元を緩めた。


「かたじけない」


「タケコ様――あ、いえ、隊長」


 ピナーレは、湯呑を卓上に置きながら、いつもの調子で首を傾げる。


「今日、朝一で作戦会議ってお話でしたよね? カラミーテ姐さんも、メリッタ姐さんも、もう議場に集まったはります。ディ姐さんは、菓子皿ごと持って行ったて聞きました」


「……ディローザは、また食っておるのか」


「食べながら考えるのが姐さんのやり方や、と胸張ってはりました」


 竹子は苦笑し、湯呑の茶を一息に呑み干した。


 夜叉霧を携え部屋を出る。廊下に射し込む朝の光の中を歩きながら、竹子は自分の中で、一つの決意を固めていた。


 ――次に来る敵に、会津のような「閉じた籠城」で応じてはならぬ。


 あの日、鶴ヶ城は民を城内に閉じ込め、そして城もろとも焼かれた。同じ轍を、この地で踏むわけにはいかない。


 閉じるのではない。街全体を、動く城塞として使う。


 それが、この異世界で竹子が辿り着いた、新たな守りの型であった。



 議場に入ると、既に主だった顔ぶれが揃っていた。


 卓上には、街の地図が広げられている。枡形と迷路が朱で描き加えられた最新の詳図であった。


 上座近くに、副隊長カラミーテ。折り畳んだ扇子を指先で弄びながら、静かに座している。竹子より少し年嵩の、痩身に細い眉を引いた、上品な佇まいの婦人だ。夫を先の戦で亡くしたと聞いているが、その悼みを表に出す様子は、誰にも見せない。


 その斜め向かい、地図に鼻先が触れそうなほど身を屈めて何やら書き込んでいるのが、メリッタ。眼鏡の縁を指で押し上げながら、ぶつぶつと呟いている。「ここの角度が七度、こちらが十二度……これなら魔導罠の指向性を……」――既に自分の世界に半分入り込んでいる。


 その隣で、菓子皿を抱えて焼き菓子を頬張っているのが、ディローザ。「姐さん、来た!」と大きな声で手を振り、口元にパン屑をつけたまま笑う。


 窓際にはビアンカが腕を組んで壁にもたれ、退屈そうな顔をしている。だが、その耳がぴくりと動き、竹子の入室を誰よりも早く察していたのは、彼女自身が誰よりも知っていた。


 ラピエラは、いつの間にか天井の梁の上に座り込んでいた。「おはよ、隊長」――足を組んで、影のように涼しい顔をしている。

 フジは静かに端の席に着き、目の前の湯呑をぼんやりと見つめていた。

 チネルはその隣で、薬草の小瓶を袋から取り出しては数を数えている。


 オルペア、コーディア、コルニャ、サーリー、ペルト、ローズ、リドリー――主要な隊員がほぼ揃い、そして議場の中央、上座には既に、フラットペイン辺境伯イルミナが端然と座していた。


 その隣に、守備隊長。街の代表として、老いた商人組合の長老と、職人組合の頭。


「――お集まり、感謝いたす」


 竹子は上座に近い席に着き、まず一礼した。


「本日、皆様にお願い申し上げたいのは、次の戦に向けての、街全体の作戦運用について、である」


 メリッタが顔を上げた。眼鏡の奥の瞳が、既に光っている。


「次の戦。……先遣隊を退けた直後にこの話をされるということは、隊長は既に、敵本軍の来襲を確定として計算しておられる、と理解してよろしいですか」


「うむ」


 竹子は短く頷いた。


「以蔵という男が、敗軍の中で生きて退いた。あの男は必ず、本軍にこちらの手の内を報告する。次に来るのは、これまでの機動戦ではない。この街を、力尽くで押し潰しに来る大軍である」


 議場に、微かな緊張が走った。


 その空気を、扇子を軽く開く音が、一つ、切った。


「――隊長様のお見立てに、異論はありませんわ」


 カラミーテだった。扇子で口元をそっと隠しながら、しかし語尾は柔らかい標準語のまま、続ける。


「ただ、少し、確認させてくださいませ」


 彼女は扇子の先で、地図の中央を軽く叩いた。


「街の防備を固める際、あなた様が仰った『枡形』というもの。あれ、正直に申しますと、わたくし、最初にお話を伺った時は、失礼ながら――『随分と、女子どもじみた図面をお引きになりますこと』と、そう思いましてね」


 カラミーテの声には、微塵の悪意もない。ただ、事実を淡々と、しかし刃のように述べる響きがあった。


「箱庭を並べているような、ままごとのような防壁。石垣一つ積み直せぬまま、板と縄で市街を切り分ける――どう見ても、格好の付かぬ仕儀でございます。城下の商人たちが泣いて反発なさったのも、そう無理からぬことでした」


 ディローザが、菓子を頬張ったまま「うっ」と呻いた。ピナーレが「姐さん、それ褒めてるん、けなしてるん、どっちや」と小声で呟く。


 だが、カラミーテはにこりと微笑んだ。


「ですが……先の遭遇戦の後、わたくし、実際に城下を歩いてみたのです。あなた様の指図で折り曲げられた路地を、敵兵になったつもりで、一本ずつ」


 扇子が、ぱたりと閉じる。


「わたくし、道に迷いました」


 議場が、しんと静まった。


「三十年、この街で暮らしてきたわたくしが、自分の家に帰れなかった。……あなた様は、格好の付かぬ縄と板で、この街を、余所者にとって完全に読めぬ迷路に作り変えていらした。ままごとに見えたのは、わたくしの目の節穴でございました」


 カラミーテは、深く一礼した。


「先の非礼、この場をお借りして、お詫び申し上げます」


「……お顔をお上げくだされ」


 竹子は少しだけ困ったように、しかし静かに頭を下げ返した。


「私一人の思案では、ここまで街の隅々に及ばなかった。皆さんが動いてくださったからこそ、あの枡形は活きた形となった。まして、商人の方々を説き伏せてくださったのは、他ならぬ副隊長でございます」


「あら、褒めていただけるのですか」


 カラミーテは扇子で軽く自分の頬を煽ぎながら、微笑む。


「では、その口達者を、今度も存分に使わせていただきますわね。……で? 本題は、その枡形の街を、次はどう使うか、というお話でしょう?」


 この副隊長は、既に竹子の腹の内を半分読んでいる。


 竹子は頷き、地図の上に、指を置いた。


「私が皆様にお願いしたい籠城戦の型は――『開かれた籠城』でござる」


 その言葉の響きに、議場の空気がピンと張り詰めた。




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