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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第三章 異世界の鶴ヶ城 〜籠城と、決別〜

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第廿貮話「はみ出し者たちの陣形」




 開戦前夜。


 フラットペイン城館の一室に設けられた作戦会議室では、卓上の地図を囲んで、娘子隊の面々が息を潜めていた。


 窓の外には、急造された防塁と松明の列。街はすでに戦場へと姿を変えつつある。


「――東の森」


 最初に口を開いたのはローズだった。

 彼女は窓枠に止まった一羽のコウモリへ小さく頷き、地図を指さす。


「敵の先遣隊がいます。数は……三百くらい。明日の朝一番に動くつもりみたい」


「三百……」


 誰かが息を呑んだ。


 娘子隊は十七人。数だけなら――一人につき、十七人分。


「えっと、騎士や兵の方々にお手伝い頂くわけには?」


 冒険者ギルド受付嬢のコーディアが手を挙げた。


 「領兵は街の防衛に残って頂くことになっている」


「じゃそれなら、冒険者とかは? コーディアに頼んでもらえばいいんじゃない」 


 オルペアが矢羽の調整をしながらコーディアに問いかけた。


「ギルドは戦争に協力してはいけない事になっているの。それに……大半の冒険者は街を出たわ」


「ふぅ、十七倍は変わらずか」


 沈黙が場を支配した。


 だが、コルニャは尻尾を揺らしただけだった。


「少ない方が、ちょうどいいにゃ」


「何が『ちょうどいい』んですの?」 


 カラミーテが扇子の向こうから尋ねる。


「明日の朝、霧が出るにゃ」


 コルニャは窓を開け、夜風に鼻先を向けた。


「水気が多すぎる。土も冷えてる。日の出と同時に、この辺りは真っ白になる。森の中なら、もっと深いにゃ」 


 カラミーテの目が細くなる。


「濃霧……なら、敵の目を潰せますわね」


 彼女は地図へ身を乗り出した。


「ローズ。敵の陣は?」


「東の森の入口。ここです」


 小さな指が地図上の一点を叩く。


「本隊との連絡は?」


「それなら――」

 

 ラピエラが横から地図を引き寄せた。


「ここ」


 赤い筆が三本の獣道を走る。


「本隊が通るなら平野を使う。でも、急ぎの伝令ならここしかないッス。道が狭くて馬は使えない。人が走るなら、絶対ここを通る」


「理由は?」


「一番、早いから」

 

 即答だった。


 カラミーテが笑う。


「いい仕事ですわ」


 地図の上に、新たな印が加わった。


「では、ここを殺します」


「殺すって……」


 チネルが小さく身を縮める。だが、カラミーテはすでに次の指示を出していた。


「チネル、何ができます?」


「は、はい!」


 チネルは鞄から陶器の壺を取り出した。


「父の残した処方箋を元に、煙幕を作りました。目と喉を激しく刺激するものと、もう一つ……吸い込むと手足が痺れるものがあります」


「どれくらい持ちます?」


「半日ほど」


「十分ですわ」


 カラミーテが壺を扇子で指し示す。


「伝令路に置けますか?」


「……できます」


「サーリー」


「……はい」


 部屋の隅で小さくなっていたダークホビットが顔を上げた。


「お前は?」


 サーリーはしばらく地図を見つめた。そして、おずおずと指を伸ばす。


「……ここ」


「ここ?」


「伝令が、必ず通るなら……ここに呪いを置く」


 カラミーテが首を傾げる。


「どんな呪いですの?」


「……くしゃみ」


「ほう」


「あと……猛烈な尿意くらい」


 一瞬、部屋が静まり返った。オルペアが吹き出しそうになり、慌てて口を押さえる。


 だが、カラミーテは笑わなかった。


 扇子を閉じ、地図の一点を指先でなぞる。


「くしゃみは呼吸を乱し、尿意は集中を根底から砕く。毒煙で足を止めた上に、この二つが襲えば――伝令など、まともに走れるはずがありませんもの」


 彼女は顔を上げ、口元を綻ばせた。


「完璧ですわ」


「え?」


「戦場では、一秒の隙が命取り。あなたの呪いは、その一秒を作るための刃ですわ」


 サーリーの目が、ほんの少しだけ輝いた。


「……役に、立つ?」


「立ちますとも」


 カラミーテは断言した。


 サーリーは嬉しそうに、こくりと頷いた。


 その横で、メリッタが魔導式を地図へ書き込んでいく。


「なら、霧が出た瞬間に敵の側面へ魔導罠を展開する。ラピエラ、侵入路をあと二つ探して。コルニャ、風向きは?」


「朝は東から西にゃ」


「了解。なら煙幕はこっちへ流せる」 


 ディローザが腕を組んだ。


「敵がそこへ入ったら、あたしは?」


「あなたは中央ですわ」


 カラミーテが即答する。


「霧の中から敵が出てきたところを、まとめて叩き潰してください」


「任せて!」


 拳を握るディローザ。


「カノンもディローザと共に中央。オルペアは西の高台。煙幕が切れた時の予備の目ですわ。ペルトは後方で結界と治療の補助を。フジは負傷者の搬送地点を、森の南に設営してください。コーディアと残りの皆は予備隊。撤退路の確保が最優先です」


 次々と指示が飛び交う。


 ――ここで、コーディアが手を挙げた。


「あの……一つだけ、いいですか」


 おずおずとした声だった。だが、はっきりとしていた。


「この作戦、全部……霧と、風と、敵の動きが読み通りだという前提で組まれています。一つでも外れたら、私たちは三百の敵と正面から戦うことになります。それでも……行くんですか」


 沈黙。


 誰も答えなかった。答えられなかったのではない。皆、その問いの重さを知っていたからだ。


「外れたら、逃げるだけだ」


 壁際から、竹子が短く言った。


「この作戦は賭けだ。だが賭けには、降りる道も用意してある。予備隊が確保する撤退路がそれだ。――勝てない戦いに命を賭けるな。賭けるのは、勝てると思った時だけだ」


 コーディアは小さく頷いた。

 完全に納得したわけではない。それでも、「降りる道」があるという一点が、彼女の背中を押した。


 壁際で腕を組み、竹子は黙ってその光景を見つめていた。


 誰一人として、同じ役割を持つ者はいない。だからこそ、足りないところを別の誰かが埋められる。

 社会から「はみ出し者」として弾き出された者たち。誰にも必要とされなかった異端者たち。その歪な個性が、初めて一つの目的のために噛み合っていた。


 まだ、完璧ではない。だが――歯車は確かに回り始めていた。



 ***



 会議が終わり、隊員たちが休息へ散っていった頃。

 竹子は一人、中庭に立っていた。 夜気を切り裂く音がする。


 ヒュン。ヒュン。


 真剣が空を薙ぐ音だった。メリッタが昨夜から不眠不休で叩き上げた、反りの浅い真新しい打刀である。


 それを振っているのはカノンだった。

 十六歳の少女は、汗で前髪を濡らしながら、何度も同じ太刀筋を繰り返していた。


「――そこまで」


 竹子が声をかける。


 カノンはびくりと肩を震わせ、刀を止めた。


「隊長……!」


「やりすぎだ」


「まだ、できます!」


「腕が震えている」


「……!」


 カノンは右腕を見た。


 一度は失った腕。フジの治療によって傷一つ残さず元へ戻った腕。それでも、あの時の感触だけは消えない。

 血。激痛。自分の腕が地面へ落ちた瞬間。真剣の重みを感じるたびに、その恐怖が蘇る。


 カノンは拳を握った。


「……怖いんです」


 初めて、弱音を吐いた。


「明日、また失ったらと思うと」


 竹子は何も言わなかった。


 やがて、カノンの手から刀を取り上げる。


「腕だけで振るから怖いのだ」


「剣は腕で振るものではない。足で踏み、腰で回し、全身で運ぶ」


 竹子が、ふっと構えを取った。流れるような、力みのない自然体。


「腕を失っても、身体が動けば斬れる。身体が動かなくても、心が折れなければ戦える」


 カノンは黙って竹子を見つめた。


「だが、無茶をするな」


「……はい」


「生きて帰ることも、戦いのうちだ」


「はい!」


 その声に、今度は迷いがなかった。 



 ***



「――皆様、少しだけ、お時間をいただけますか」


 出陣前。


 広場に集まった隊員たちの間に、澄んだ鈴の音が響いた。


 チリン。


 振り返ると、ペルトが立っていた。


 狐の耳。揺れる尾。そして、両手に握られた神楽鈴。


「私は、明日の戦いのために、皆様へ一つだけ贈りたいものがあります」 


 ペルトは静かに頭を下げた。


「私の信じる神々へ、皆様の武運を祈らせてください」


 誰も笑わなかった。誰も、その祈りを疑わなかった。


 ペルトが舞う。


 チリン。シャン。


 鈴の音が夜気に溶ける。狐の尾が月明かりを切り、舞の軌跡に淡い光が残った。


 竹子は自分の手を握る。


「……身体が、軽い」


 視界が澄んでいる。夜風の向きまで分かる。

(気のせいかもしれない。だが――それでいい。信じる者が救われるなら、それはもう術だ) 


 隣ではコルニャが目を細めていた。


「足音が小さくなってるにゃ」


「そういう舞です」


 ペルトが微笑む。


「夜の神様は気まぐれです。でも今夜は――私たちの味方をしてくださると、約束してくださいました」


 最後の鈴が鳴った。


 チリン――。


 静寂。


 十七人が互いを見る。


 孤児。異端者。復讐者。夢を追う者。居場所を失った者。そして、過去という名の傷を抱えた者。

 それでも。今だけは、全員が同じ方向を見ていた。 竹子が夜叉霧を差し上げる。


 月光を受けた刃が、青白く輝いた。


「娘子隊、出陣」


 誰も叫ばない。誰も気勢を上げない。

 ただ、一人ずつ。十七の影が、霧の待つ東の森へ向かって歩き始めた。 


 城門を抜ける時、暗がりに一つの人影が立っていた。


 護衛もつけず、夜着の上に外套を羽織っただけの領主、イルミナだった。

 彼女は何も言わなかった。大げさな激励は、闇夜に紛れる彼女たちには不要だと分かっていたからだ。イルミナはただ、すれ違う十七の背中に向かって、深く、長く頭を下げた。自分の代わりに死地へ向かう者たちへの、最大級の敬意だった。


 竹子もまた、足を止めなかった。


 ただ無言のまま、会釈とともに夜叉霧を掲げた。


 夜気の中に、湿った土の匂いが混じり始めている。霧の気配だ。


 ――風は、こちらを向いている。

 やがて十七の影は、夜の闇へと完全に溶けていった。




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