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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第二章 交わらぬ刃、白き虎の幻影 〜新・娘子隊、結成〜

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第拾参話「盤上の戦場と、毒舌なる未亡人・カラミーテ」




 ピナーレがもたらした情報は、正確だった。


 領境を荒らしていたのは、ただの野盗ではない。

 サッ・ローンド帝国の息がかかった傭兵部隊。しかも、その中には帝国軍の斥候も混じっている。


 彼らの目的は略奪ではなかった。

 フラットペイン領への本格侵攻に備え、領内へ通じる街道と地形を調査し、要所に小規模な拠点――橋頭堡を築こうとしているのだ。


「つまり、次の戦いはもう始まっているということですね」


 イルミナの私室。卓上に広げられた地図を見下ろしながら、竹子は静かに頷いた。


「敵は我らが城壁を攻める前に、こちらの動きを探っている。ならば、此方も敵が態勢を整える前に叩くべきだ」


「ですが、兵力差が問題です」


「だからこそ、少数で敵の陣を崩す」


 竹子の指が、地図上の森の等高線をなぞった。


「ここに誘い込み、分断する。敵の指揮系統を崩し、撤退させる」


「……正面から?」


「必要ならば」


 イルミナは小さくため息をついた。


「タケコ様。先ほどから申し上げていますが――」


「姫君」


 竹子はふと、部屋の片隅に置かれた卓へ視線を向けた。


「……あれは?」


 そこには、見慣れぬ盤上遊戯が置かれていた。十五×十五の升目が刻まれた盤の上には、チェスの駒を思わせる立体的な兵士たちが並んでいる。


「ああ、『セットアップ』です」


 イルミナが苦笑を浮かべた。


「この辺境では、貴族の間で昔から親しまれている盤上遊戯です。歩兵の初期位置以外は、決められた範囲内で好きなように駒を配置できます」


 イルミナは盤面の端に置かれた細長い駒を指差した。


「柵を置いて進路を塞ぐこともできますし、敵が通りそうな場所には罠を仕掛けることもできます」


「ほう」


「そして面白いのが、敵から奪った駒です。帽子を被せることで、自軍の兵として再利用できます」


 竹子の眉がわずかに上がった。


「敵を倒すだけでなく、その力を奪って己の戦力とするか」


「はい。知略と布陣が勝敗を分ける遊びです」


 竹子は盤面をじっと見つめた。


「……実際の戦場と同じだな」


「ええ」


 イルミナは微笑んだ。

 だが、その笑みはすぐに消えた。


「実は、その遊戯がこの領内で誰よりも強い女性がいるのです」


「女性?」


「はい。カラミーテ・ヒコック。二十八歳。先の戦いで夫を亡くした未亡人です」


 イルミナの視線が、盤面へ落ちる。


「以前は彼女の夫であるワイアット様と共に、よくこの遊戯を楽しんでいました。しかし……今は館の奥の部屋に籠もり、誰とも会おうとしません」


「それでも、その者の知恵が必要なのだな」


「ええ」


 イルミナは静かに頷いた。


「今の私たちには、彼女の『盤面を見通す目』が必要なのかもしれません」



 ***



 館の奥。人の気配が少ない一室で、黒いドレスをまとった女が一人、静かに茶を飲んでいた。


 カラミーテ・ヒコック。夫を失ってから、まだそれほど長くはない。


 扉が開かれ、イルミナと竹子の姿を認めると、カラミーテは立ち上がることもなく優雅にティーカップを置いた。


「姫様。それに、そちらが噂の異国の武人様ですか」


「ええそうです。相変わらず良い耳ですね」


「突然の訪問を許してほしい」


「いえいえ。こんな日の当たらぬ未亡人の部屋まで、わざわざ血の匂いを運んできてくださるなんて。ほんにご親切なことで」


 明らかな棘を含んだ言葉にも、竹子は眉一つ動かさず要件を切り出した。


「斥候部隊への強襲を考えている。知恵を借りたい」


 カラミーテは手元の扇子をゆっくりと開いた。


「それはまた、勇ましいことでございますねえ」


「……?」


「正面から突撃なさるおつもりでしょう?」


「そのつもりだ」


「まあまあ」


 カラミーテは目を細めた。


「猪のようにお元気でいらっしゃる」


「……猪?」


 竹子が首を傾げる。

 イルミナが慌てて口を挟もうとした。


「カラミーテ、そういう言い方は――」


「いえ、姫様。私は本当に褒めているのですよ?」


「……」


「猪は勇ましゅうございます。前へ前へと進みますもの」


 カラミーテは扇子の陰で微笑んだ。


「ただ、猪は罠を避けませんでしょう?」


 竹子の表情が変わった。


「……なるほど」


「え?」


「貴女は、正面から行けば罠に嵌まると言っているのだな」


「……」


 カラミーテが瞬きをした。


「そういう意味ではございますが」


「ならば、忠告に感謝する」


 竹子は深々と頭を下げた。


「私は武芸には通じている。だが、この土地の地形を知り、敵の心理を読み、兵を動かす知恵は持たぬ」


 竹子は真っ直ぐにカラミーテを見た。


「部下を死なせぬため、貴女の力を貸してほしい」


「……」


 カラミーテは黙って竹子を見つめた。


 この女は、本当に嫌味が通じないのだろうか。――いや。違う。自分が口にした言葉の中から、竹子は嫌味を捨て、その奥にある「死なせたくない」という本心だけを拾い上げたのだ。


 それは、カラミーテが最も苦手とする種類の人間だった。言葉の裏を読もうとしても、裏がない。だからこそ、困る。


「……あなた」


 カラミーテは、ふと呟いた。


「亡くなった主人に、少し似ておりますわ」


 竹子が顔を上げる。


「そうか」


「ええ」


 カラミーテは笑った。


「死ぬ覚悟だけは立派で、死なずに済む方法を考えるのが苦手なところが」


「……」


「ですから、困るのです」


 カラミーテは盤面を引き寄せた。


「私、もう未亡人になるのは一人分で十分ですから」


 竹子は黙って彼女を見つめた。


 カラミーテは盤面に一つの駒を置いた。


「よろしいでしょう」


 その声から、先ほどまでの柔らかい毒が消えていた。


「猪を殺さずに森を抜けさせる方法。この盤上で教えて差し上げます」


「頼む」


「まずはここ」


 白く細い指が盤上を滑る。


「敵の進路を柵で塞ぎます。こちらには罠を一つ」


 カラミーテは竹子を見た。


「ただし、罠があると敵に悟られてはいけません」


「ならば、囮が必要だ」


「ええ」


 カラミーテは即答した。


「敵に『ここなら勝てる』と思わせる囮が」


 竹子の視線と、カラミーテの視線が交わった。


「……私がやろう」


「でしょうね」


「……」


「ですから、あなたは本当に猪のような方ですねえ」


「褒めているのか?」


「もちろんです」


 カラミーテは心からそう言った。そして、盤上に次々と駒を置いていく。



「ここにビアンカ様」


「彼女は狙撃手です。敵を倒すより、『どこから撃たれるか分からない』と思わせた方が効果的でしょう」



「ディローザ様はこちら」


「敵を分断した後に投入します。あの方は、敵が多い場所に放り込むより、少数の敵を確実に叩かせた方がよろしい」



「メリッタ様は?」


「罠と煙です」


「……なぜ分かる?」


 カラミーテは扇子の陰でくすりと笑った。


「私、六年前の練兵場に居合わせていたのですよ。あの、シャボン玉の魔導砲の日に」


「……ああ」


 イルミナが思わず口元を押さえて笑いを漏らした。


「あの日、亡き夫と私は、腹を抱えて笑いすぎて、翌日は二人揃って腹筋が痛みましたのよ。以来、あのお嬢さんは私の中で『二つで十分な場面で三つ仕掛ける方』と決まっております」


「なるほど」


 竹子は感心したように頷いた。



「ピナーレ様は、敵の補給路を探っていただきましょう」


 竹子が目を細める。


「戦場の外まで見るのか」


「戦は戦場だけで起きるものではありませんから」


 カラミーテは微笑み、最後に、盤面の中央へと一つの特別な駒を置いた。


「そして、竹子様。あなたはここです」


「囮か」


「ええ」


 カラミーテはにっこりと笑った。


「最も危険な場所です」


「承知した」


「……本当に、嫌なほど話が早い方ですね」


 カラミーテは扇子をパチンと閉じた。彼女の瞳からは、未亡人の憂いがすっかり消え去っている。そこにあったのは、盤面のすべてを見通し、勝利を構築する参謀の目だった。


「では、皆様にお伝えくださいませ。この戦、私が勝たせて差し上げます」






 作中の架空ゲーム『セットアップ(簡易版)』の紹介です。

 本作で使用されている『セットアップ(DX戦略)』は、これより大きな盤面で、兵種も複雑です。


【SETUP (セットアップ)】


『セットアップ』簡易版は、誰もが気軽に遊べるように盤面も兵種もスケールダウンした物です。二人のプレイヤーが9×9の盤上で軍勢を指揮し、相手の「王」を追い詰める対戦型ボードゲームです。

 最大の特徴は、ゲーム開始時点で戦いが始まっていること。


 兵の配置位置は、あなた自身が決めます。


 どの駒を前線に置くか。

 どの駒を後方に隠すか。

 強力な駒を守るか、あえて囮にするか。


 さらに盤上には、相手には見えない罠が仕掛けられています。

 その罠を「どこに何を置くか」その判断が、ゲームの勝敗を大きく左右します。



【準備】セットアップ(配置フェイズ)


 交互に駒を1駒ずつ自陣エリア(プレイヤーから見て3列目以内)内に配置する。

 ただし、歩兵3種はプレイヤーから見て3列目に配置する事(列内であれば兵種の位置は自由)

 * 先手が配置した駒と同じ種類の駒を配置しなければならない。


 柵駒も同じく交互に配置します。(柵駒は、2マスを横断する形で自陣内のマスのライン上に配置します)


 罠札2枚、空札7枚を罠エリアに設置して初期配置は終了です。

 *罠エリアは自軍の歩兵の直前の一列です。


【罠の発動】

 敵駒が罠札の置かれたマスに進入した場合、その罠を公開します。

罠札に記された効果を直ちに適用します。


罠の効果には、

* 駒を破壊する

* 駒を移動させる

* 行動を封じる

* 周囲の駒に影響を与える

* 罠を発動させた駒を別の場所へ移動させる

 などがあります。


 罠の処理が終了したら、罠札は公開状態になります。


【柵駒の効果】

 柵駒が存在するマスは、通常の駒が通過・侵入することができません。

ただし、工兵は柵駒を破壊・除去できる能力があります。


【駒の捕獲】

 自分の駒が相手の駒が存在するマスへ移動した場合、その駒を捕獲します。


 捕獲した駒は、帽子を被せることで再利用できます。

 帽子を被った駒は、手駒となり、通常の駒と同じように盤上へ配置することができます。

 * 騎士、魔導士、竜騎士は手駒としての再利用できません。

 * 帽子を被った駒は、二手連続して移動することができません。(×帽子駒→相手→帽子駒)


【駒】(1セット)

キング1

歩兵(槍兵2、重歩兵2、歩兵5)9

工兵2

弓兵2

剣士2

騎士2

竜騎士1

魔導士1

柵駒2

罠札(5種)10枚

空札9枚

帽子15個(再利用駒用)


 各駒の動かし方は、セットアップ公式ルールブックに準じます。



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