第拾弐話「白虎隊の幻影と、おせっかいな小間使い・ピナーレ」
領境で野盗――その実、帝国の息がかかった傭兵部隊の襲撃が頻発し、城下に緊張が走っていた頃。
領主の館の執務室で、イルミナは一人の少女を竹子に紹介していた。
「タケコ様。彼女はピナーレ。私の身の回りの世話をしてくれている小間使いですが、非常に耳ざとい性質でして。城下の情報集めを任せています」
イルミナの後ろから進み出たのは、十六歳になる栗毛の少女だった。メイド服をきっちりと着こなし、丁寧な所作で竹子に向かって深くお辞儀をする。
「お初にお目にかかります、竹子様。ピナーレ・ロッツォと申します。イルミナ様の命で、微力ながら裏方のお仕事をさせてもろうてます」
滑らかで礼儀正しい言葉遣いの中に、ほんの僅かだけ、ふんわりとした独特の訛りが混じる。
「姫様のため、そして竹子様のため。街の噂から物資の底値まで、なんでも仕入れてきますよって。よろしゅうお頼み申します」
「うむ。頼りにしている」
竹子が頷くと、ピナーレは「おおきに」と小さく微笑んでから、スッと真剣な表情に戻り、イルミナへ向き直った。
「イルミナ様。実は先ほど、城門の詰め所に『義勇兵に志願したい』と申し出てきた者たちがおるんやそうです。ただ、その……少しばかり、問題がありまして」
「問題?」
「はい。志願してきたのは、十三にも満たない子供たちなのです。成人(十五歳)にも達していない少年が七人。門番が追い返そうとしたのですが、どうしても退かへんようで……」
その報告を聞いた瞬間、竹子の肩が微かに跳ねた。
――子供の、志願兵。
「……私が、行こう」
竹子の声は、ひどく低く、冷たかった。イルミナとピナーレが顔を見合わせる中、竹子は足早に執務室を出て、城門へと向かった。
***
城門の詰め所前には、農具や粗末な短剣を握りしめた七人の少年たちが並んでいた。
誰もが泥にまみれ、痩せこけている。剣を握る手は恐怖で震えていたが、その瞳だけは、故郷を守ろうとする悲壮な決意と熱を帯びていた。
「お願いです! 俺たちも戦わせてください!」
「父ちゃんも兄ちゃんも死んだ……俺たちが、街を守るんだ!」
叫ぶ少年たちの姿が、竹子の視界でぐにゃりと歪んだ。
彼らの顔が、重なる。
かつて会津の地で、「竹子姉様」と慕ってくれた年少組の少年たち。元服も迎えていない、まだ髭も生え揃わぬ顔で重い銃を構え、飯盛山で自刃して果てた少年たち。
「――出て行け」
地を這うような低い声だった。
少年たちは戸惑い、一人の少年が「でも!」と一歩前へ踏み出そうとした。
竹子は咄嗟に少年の肩を掴み、そのまま後ろへ押し戻した。
「っ……!?」
己の手が、少年の肩を強く押しやっていたことに、竹子自身が一番驚いていた。
竹子の手が、微かに震えている。それは怒りではない。
「子供を戦場に出すなど、大人の恥辱だ……! 二度と、私の前で武勇を語るな!」
竹子は血を吐くような声で叫んだ。
「貴様らが刀を握ってよいのは、老いた大人が全て倒れ、それでもなお守る者がある時のみだ! 帰れ!」
突き放すような怒声に、少年たちは怯え、涙ぐみながら逃げるように去っていった。
竹子はそのまま振り返ることもなく、自室へと籠もってしまった。
***
その夜。
竹子は薄暗い自室で一人、震える手で夜叉霧の刃を拭い、磨き続けていた。何度拭っても、刃に映る自分の顔が、あの日の少年たちを見殺しにした無力な自分に見えて仕方がなかった。
少し離れた廊下の物陰から、ピナーレはその様子をじっと見つめていた。
昼間、少年たちを冷酷なまでに追い返した異国の武人。だが、一人になった彼女の背中は、ひどく小さく、今にも泣き崩れそうに震えている。
(……なんや。冷たい人かと思えば……)
ピナーレは廊下の暗がりで、竹子の背中に向かって、そっと胸元の小さなお守り袋に触れた。中には、母の遺髪と、父の形見の欠けた銅貨が入っている。
ロッツォ商会。かつて城下で三本の指に入るとされた行商の家系。だが、五年前の帝国との貿易紛争で店は潰れ、父は債権者に追われて死に、母も後を追った。
十二歳のピナーレを引き取ったのは、当時十一歳だったイルミナだった。
「ピナーレ。あなたには商人の耳と口があります。父の遺した誇りを、私のために使ってくれませんか」
あの日のイルミナの言葉が、ピナーレを今日まで支えていた。――姫様のためなら、うちはなんぼでも耳になる。口になる。そして今、その姫様が命懸けで信じようとしている異国の武人。彼女もまた、姫様の盾となるのなら。
(値切るんも交渉も噂話も全部戦や。うちの情報、一銭の狂いもあなく届けたる)
ピナーレは廊下の暗がりで、辺境伯家の小間使いとしてではなく、一人の情報屋として鋭く目を光らせた。




