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【会津の烈女】 介錯された会津藩士の娘、辺境伯令嬢に拾われる ~薙刀一つで新・娘子隊を作ります~  作者: 真野真名
第二章 交わらぬ刃、白き虎の幻影 〜新・娘子隊、結成〜

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第拾壱話「魔導工学の令嬢・メリッタ」




 城下の外れ。人気のない路地裏へ向かって歩きながら、イルミナはどこか懐かしむような笑みを浮かべていた。


「次にお会いするメリッタという娘ですが、私とは六年ほど前からの付き合いになります」


「ほう。姫君の古いご友人ですか」


「ええ。出会いは、私がまだ十歳、彼女が十八歳の頃でした」


 イルミナは目を細め、当時の記憶を語り始めた。




 ――六年前。

 帝国から流れてきた優秀な魔導工具師が城下に居着いたらしい。そんな噂を聞きつけた兄ビルドーは、意気揚々と妹のイルミナを連れて視察に向かった。


『なんだ、この乱雑な小屋は!』


 路地裏の工房の扉を開けた瞬間、ビルドーは乱雑に散らかった室内に顔をしかめた。だが、イルミナの反応は正反対だった。所狭しと並ぶ不思議な機械や金属の部品たちを見て、まるで玩具箱をひっくり返したような光景に目を輝かせたのだ。


 顔を油で汚した若い女――メリッタは、貴族の兄妹が来ても挨拶一つせず、面倒くさそうに工具を弄っていた。


 やがて、ガラクタの山に埋もれていた一際大きな筒状の魔導具に、ビルドーが目を留めた。


『こ、これは……まさか魔導砲か!?』

『いえ、ただのおもちゃです』


『完成品なのか?』

『調整は必要ですが、完成はしております』


『量産は可能か!』


 鼻息を荒くするビルドーに、メリッタは呆れたようにため息をついた。


『量産? 可能ですが、おもちゃにしては高くつくので、量産しても売れないと思いますが』


『多少高くても構わん! ただし、他所には売るな。当家で全て買い取る!』


『まぁ、別に良いですけど。無駄に高いだけのおもちゃですよ?』


『これだけでも、すぐに実射は可能か』

『今すぐは無理ですが、一日あれば』


『よかろう。では明日、城の練兵場で試射を頼む』


 そして翌日。


 急遽、病床にあったイルミナたちの父(領主)をはじめ、騎士団やフラットペインの重鎮たちが練兵場に集められた。帝国製の新兵器のお披露目だと、皆が固唾を呑んで見守る中。


 ――シャラララララララッ!!


 けたたましい排気音と共に発射されたのは、破壊的な光線などではなかった。

 練兵場の一面に広がったのは、空を舞うキラキラとした虹色の光の渦と、無数のシャボン玉のような魔法の泡だった。


『なんだこれはぁぁぁっ!?』

『きれい!』


 激怒する重鎮たち。剣の柄に手をかける騎士たち。顔を真っ赤にして恥じ入る兄ビルドー。無邪気に喜ぶイルミナ。


 そして、美しい光の渦を見上げながら、父だけが「はっはっは!」と腹を抱えて大笑いしていた。


 騒ぎの中心で、メリッタは悪びれもせずビルドーに尋ねた。


『量産します?』


『いらん!!』



 領主を謀った罪で領外追放になりかけたメリッタだったが、最終的には「おもちゃだと言ったのに、兄上が勝手に勘違いしただけ」というイルミナや周囲の証言により、お咎めなしとなった。


 以来、イルミナは時折、城を抜け出しては彼女の工房へ遊びに行くようになったのだ。


『ねえ、メリッタ。あの時、お兄様が勘違いしているの知ってたでしょ』


『さあ、どうでしょうね。人の思い込みというものは、魔導回路より複雑ですから』


 そう言って悪戯っぽく笑うメリッタの顔を、イルミナは今でも鮮明に覚えていた。



 ***



 工房の扉を開けると、むせ返るような機械油と鉄の匂いが竹子たちの鼻を突く。薄暗い工房の中では、二十四歳になったメリッタが、昔と変わらぬ油まみれの作業着姿で、一心不乱に機械の残骸をいじっていた。


「メリッタ。客人を連れてきましたよ」


 イルミナが声をかけても、瓶底のように分厚い眼鏡をかけたメリッタは振り返りもしない。


「……話しかけないでください。今、この第参世代型魔力コンデンサと駆動系シリンダーの美しい接合部カップリングについて、脳内で究極の解を導き出しているところなんです。ああ、どうしてこの二つの規格はこうも噛み合わないのかしら、全く尊い……」


 ぶつぶつと早口で呟きながら、レンチを握る手を休めない。


 竹子は散らかった工房の中を静かに進み、メリッタの背後に立った。


「……そこの前髪の長い武人さん。私の聖域に無断で入るなら、怒りますよ」


 メリッタがレンチを置き、油で汚れた顔を向けて睨みつけてきた。


「どうせあなたも、私の『才能』だけをあてにして、馬鹿みたいな威力の出る兵器を作れと命令しに来たんでしょう?」


 彼女は自分に近づく人間を信じていない。実家の貴族たちもそうだった。どうせ皆、自分の技術を都合よく搾取し、手に余れば捨てるのだと。


 だが、竹子はメリッタの言葉を意に介さず、足元に転がっていた手入れの行き届いた工具を拾い上げ、静かに言った。


いくさは、前線で武芸を振るうだけで成るものではない」


「……え?」


「刀の手入れ、兵糧の算段、そして道具の整備。いかに優れた将がいようと、兵站へいたんを制する者が戦を制するのだ」


 竹子は、まっすぐな黒曜石の瞳でメリッタの眼鏡の奥を射抜いた。


「大筒の威力などどうでもいい。私が求めるのは、兵の命を繋ぐ確かな武具の手入れと、部隊の屋台骨を支えるための裏方の知識だ。――お前の力は、必ず要る」


 メリッタは、眼鏡の奥で目をパチクリと瞬かせた。


 それは彼女にとって、生まれて初めての経験だった。持て余すほどの「才能」を求められたのではない。彼女が日々油まみれになって行っている、地味で、誰からも評価されない「裏方の役割」そのものを、明確に必要だと言い切られたのだ。


「……兵站、ですか」


 メリッタは小さく鼻を鳴らし、床のレンチを拾い上げて再び作業台に向き直った。


「……それは正論ですね。正論ですが、認めるのと従うのは別問題です。私はね、武人さん。今まで散々『お前の技術は道具として都合よく使ってやる』と言われ続けてきたんです。今更、殊勝な台詞ひとつで簡単に転ぶような女だと思わないでください」


 冷たく言い放ち、背を向けるメリッタ。

 だが、背後からの気配は消えない。竹子は怒るでもなく、呆れるでもなく、ただ静かに、岩のようにその場に佇み、メリッタの背中を見つめ続けていた。


 カチャ、カチャと工具の音だけが響く数分の沈黙。


 その真っ直ぐで嘘のない視線の圧力に根負けしたのか、やがてメリッタは苛立たしげに前髪をかき上げた。


「……ああもうっ、分かりましたよ! 三日。三日だけ、見させてください!」


 メリッタは振り返り、竹子を真っ直ぐに指差した。


「あなたの言う『兵站』とやらが、私を都合よく使うための口先だけの綺麗事じゃないか、この目で確かめてから決めます。それでボロが出たら、即刻帰らせてもらいますからね!」


「……相分かった。歓迎しよう」


 竹子は微かに口角を上げ、深く頷いた。



 ***



 三日間。竹子はメリッタに何も命じなかった。ただ、毎朝、工房の扉を叩き、無言で夜叉霧の刀身を差し出した。


「……ちょっと! これ、私に手入れをさせるつもりですか!? 私は魔導工具師であって、鍛冶師じゃありませんよ!」


「刀の道理は、機械の道理と通じるはずだ。頼む」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、メリッタは油まみれの手で丁寧に薙刀を受け取った。


 二日目。竹子は工房の隅に腰を下ろし、メリッタの作業を無言で見守った。時折、質問を挟む。


「その筒は、何のためのものだ」


「ああ、これですか? 試作の魔石発火装置です。作ったはいいけど、暴発するので誰も欲しがらなくて――」


「暴発する、というのは、狙って暴発させることも可能か」


「え……」


 メリッタが眼鏡の奥で目を瞬かせた。


「そんな使い方、考えたこともなかった……」


 三日目の夜。メリッタは工房の隅で、油まみれの前掛けをかけたまま、静かに竹子の前へ歩み出た。


「……武人さん」


「なんだ」


「あなた、私の作った失敗作を、一つも『くだらない』と言いませんでしたね」


「失敗と決めているのはお前だ。私にはどれも、まだ用途を見出されていない道具に見えた」


 メリッタは俯いた。眼鏡の奥から、ぽつりと涙が一粒、工房の床に落ちた。


「……ずるいですよ、そういう言い方」


 顔を上げたメリッタの瞳には、もはや疑いの色はなかった。


「あなたの隊、参加させてもらいます。ただし――」


「ただし?」


「私の作った『くだらない失敗作』も、全部、戦場に連れて行ってくださいね」


「約束しよう」


 こうして、フラットペイン領で最も口の悪い魔導工具師が、遊撃隊の兵站を担うことになった。







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