第9話:頑なな拒絶の仮面と、暴かれた秘めたる恋心
「愛している、セレスティア」
その言葉に、セレスティアの顔へ影が差した。
「……殿下」
「どうした」
「……もう十分でございます」
口端を穏やかに上げ、淑女の仮面を被る。
「殿下のお気持ちは十分に理解いたしました。謝罪も受け入れます」
彼の真摯な言葉や謝罪に、心の傷は驚くほど軽くなった。
しかし。
彼の言葉に頷いてはいけない。
「学院時代は……私も未熟でした」
少しだけ自嘲するように微笑む。
「殿下を説得することを、途中で諦めてしまったのです」
信じてほしかった。
わかってほしかった。
けれど、その願いを貫くことはできなかった。
「ですから、お互い様ということに致しましょう」
魔王を討った英雄。
国中が称える王子。
それに比べて私は――
未だ一人で歩くことすらままならない。
「聖剣の浄化は終わりました。私の体調も徐々に回復しております」
徐々に回復はしている。
けれど、昔のような身体に戻れるかはわからない。
「もう、殿下が気に病むことは何もございません。これまで長きにわたり私のような者に尽くしてくださった事、心より感謝申し上げます」
もう来ないでください。
そう言外に伝えた。
「……セレスティア」
悲しそうに目を細めるアルフレッドと目が合う。
胸が落ち着かなくなり、思わず視線を逸らす。
ふと影が差した。
額に。
ちゅ。
「え……」
目元に。
ちゅ。
「まっ……」
頬に。
ちゅ。
「で、殿……」
そして。
唇に近づいてくる。
「ななな何をなさいますのーーーっ!?」
セレスティアは両手でアルフレッドの唇を塞いだ。
な、何?
なんで?
「君が遠くに行きそうだったから……つい……」
「つ、つい、で…するような事では…っ!」
「君が昏睡状態だった時、今にも消えてしまいそうで……とても恐ろしかった」
アルフレッドの手は冷たかった。捕まれた手からじわりじわりとアルフレッドに熱が移る。
「君がいなくなると思うと…怖い。だからどうか、俺を遠ざけないでくれ」
アルフレッドの瞳がわずかに揺れる。
「こうしている時だけは実感できたんだ」
セレスティアの指を絡めるように掴む。
「君が生きている、と」
そうしてまた一つ。
セレスティアの手のひらへキスを落とす。
「だ、だからって、未婚の男女のする事では……っ!」
アルフレッドの柔らかな唇の感触に、かぁっと頬へ熱が灯る。
アルフレッドの手がセレスティアの頬を撫で、指が唇をなぞった。
「で、殿下……っ」
「君は覚えているか?」
低く優しい声が響く。
「この唇に触れた時のことを」
「な、何をおっしゃって……」
アルフレッドは少しだけ口元を緩めた。
「君が目覚めるまで毎日触れていた」
「……な、なんですって?」
時間が止まった。
「冷たい君の唇に口づけをすると、少しだけ熱が灯るんだ」
「……っ!」
ぶわりと顔が赤くなる。
「そ、そのような事……お父様が許すはずが……」
「許可は得ている」
「……え?」
あまりにもあっさり返され、セレスティアは目を瞬かせた。
「口づけは命の力を送るのに最も効率的な手段だからな」
そうして愛おしそうにまた一つセレスティアの指先に口付けを落とす。
「公爵も公爵夫人も、その説明は受けているはずだ」
思考が止まった。
つまり。
お父様も。
お母様も。
知っていたということ……?
「君が目覚めた時も命の力を送っていた」
そう言ってアルフレッドは、セレスティアの唇を指で甘く撫でる。
目覚めた時。
確かに眼前にはアルフレッドの顔があった。
あれは――
つまり――
「~~~~っ!」
ぶわっと全身が赤くなる。
真っ赤になるセレスティアを見て、アルフレッドは嬉しそうに微笑んだ。
「今も触れたら……熱が灯るのだろうか?」
「し、知りませんわっ!」
首を振ってアルフレッドの手を離そうとするが、しっかりと抱きしめられていて振り解けない。
アルフレッドの唇が目に入り、恥ずかしくなって目を逸らす。
でも、許してはもらえず顔を上げさせられた。
「どうか、君が生きていると実感させてくれ」
愛おしそうにセレスティアを見つめる瞳が近づく。
その瞳の熱に浮かされそうになる。
「わ……私は……」
言葉が詰まる。
無理やり絞り出した声は、震えていた。
「……そのような、お気持ちを向けていただく理由がございません」
もう、婚約者候補ではないのだ。
アルフレッドは一瞬だけ目を伏せた。
だが、すぐに苦笑する。
「理由ならある」
「殿下――」
「君はまだ俺を想っている」
胸が止まった。
セレスティアは息を呑み、その碧眼を見返した。
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