第8話:引き裂かれた過去の傷痕と、決死の覚悟の懺悔
数日後。
体調が比較的落ち着いている午後。
いつものようにアルフレッドが見舞いに訪れていた。
窓から柔らかな陽光が差し込む。
二人の間には、不思議な静けさがあった。
以前のような気まずさではない。
けれど、まだ埋まらない距離が確かにある。
アルフレッドはしばらく黙っていた。
やがて意を決したように口を開く。
「……セレスティア」
その声音に、セレスティアは顔を上げた。
「学院時代のことだが…」
その瞬間。
セレスティアの肩が強張った。
忘れたわけではない。
胸の奥へ沈めていた記憶が甦る。
掠れた声が震える。
「聞きたく、ありません」
アルフレッドの表情が僅かに歪んだ。
それでも視線を逸らさない。
「頼む…聞いてくれ」
低い声だった。
それだけで胸が苦しくなる。
思い出したくなかった。
あの日々を。
あの言葉を。
今でも夢に見る。
思い出すだけで胸が痛む。
ぽろり、と涙が零れ落ちた。
「……私が何を言っても、殿下は信じてくださいませんでした。思い出すだけで……辛いのです」
怒りはない。
ただただ悲しい。
その一言はアルフレッドの胸を深く抉った。
彼女は今でも傷ついている。
忘れたいと願うほどに。
自分が与えた傷に。
アルフレッドは拳を握り締めた。
傷つけた事実は消えない。
だから。
彼は静かに立ち上がった。
そして深く頭を下げる。
「すまなかった」
王子とは思えぬほど深く。
「本当に悪かった」
セレスティアが目を見開く。
「お前を信じるべきだった」
「……っ殿下」
「誰の言葉よりも」
拳が震える。
「何よりも先に、お前の話を聞くべきだった」
「許してほしいとは言わない」
アルフレッドは真っ直ぐ彼女を見る。
「そんな資格があるとも思っていない」
学院時代のアルフレッドなら、決して見せなかった姿だった。
あの頃の彼は、王族としての確かな威厳を放ちつつも、どこか己の意志を曲げない頑固なプライドを抱えていた。
だが、目の前にいる今の姿は、セレスティアの記憶にあるアルフレッドとはまるで別人だった。
かつてよりも一回りも逞しくなった肩幅、聖剣を幾度も振るうことで刻まれた武骨な手。
少年から青年へと、心身ともに見違えるほど精悍になった佇まい。
婚約者候補を辞退して以来、彼から目を背け続けていたけれど。
彼は私が知らないうちに、かつての頑なな少年ではなく、本物の王族へと成長を遂げていた。
「少しだけでも、俺の話を聞いてもらえないだろうか…」
目覚めてからというもの、アルフレッドの瞳には熱い光が宿り続けている。
セレスティアはその瞳から逃げられなかった。
戸惑いながらも小さく息を吐く。
「……少しだけ、なら」
ありがとう。
小さくそう告げたアルフレッドは、一度視線を落とした。
何から話すべきか迷うように。
そして、長く胸の奥に抱えていた後悔を吐き出すように口を開く。
「あの頃の俺は、あまりにも愚かだった」
絞り出すような声。
「セレスティアに裏切られたと思ったらどうしても許せなかった。そのせいで酷い言葉を言った」
アルフレッドはセレスティアの手を武骨な両手で包み込み、自分の額の前へと掲げて、まるで祈るように懺悔した。
「……ずっと、後悔していた」
ぽつりと、押し殺したような声がアルフレッドの唇から漏れた。
「本当にすまなかった」
彼は一度言葉を区切ると、セレスティアの手をさらに強く握りしめ、決意を秘めた瞳で彼女を見つめた。
「お前を陥れた連中のことは、すべて調べ上げた」
侯爵令嬢たちによる捏造。
偽の手紙。
虚偽の証言。
すべて明らかになっている。
「セレスティアには何の罪もなかった」
王子の婚約者候補第一位の令嬢への画策。
王室への叛逆行為にも等しい大罪。
主犯格だった令嬢は修道院へ送られ、家も爵位降格となった。
だが。
罪が明らかになったとしても、アルフレッドのやったことが許される訳ではない。
罪が明らかになったあとも、後悔が消えることはなかった。
むしろ時間が経つほど、自分の愚かさを思い知らされた。
魔王討伐の遠征へ赴いてからは、なおさらだった。
魔王討伐という地獄のなかで、アルフレッドは幾度となく死線を超えてきた。
そのたびに、かつて自分が振りかざしていたプライドが、いかに小さく愚かなものだったかを嫌というほど思い知らされた。
圧倒的な死の恐怖が襲いかかるたび、彼の心を支えたのは、ただ一つの執念だった。
――まだ、死ねない。セレスティアに、この想いを伝えるまでは絶対に。
アルフレッドは握りしめた彼女の手を胸元へ引き寄せた。
まるで失いたくない宝物を抱くように。
そして震える声で告げた。
「……戦地で何度も死を覚悟した。だが、そのたびにお前の顔が浮かんだんだ。あの時の後悔と、お前へのこの気持ちだけが、俺をあの地獄から生還させた」
それは、過去の己の罪を悔い、すべてをさらけ出すような告白だった。
アルフレッドはゆっくりと顔を上げると、熱い光を宿した瞳で、まっすぐにセレスティアを見つめた。
「愛している、セレスティア」
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