第5話:過去の傲慢と、祈りを込めた口づけ
それから。
第三王子アルフレッドは、毎日フェルノア公爵家へ通った。
朝も。
昼も。
執務が終わった夜でさえ。
魔王討伐の英雄として各地から招待状が届こうと、貴族たちが祝いの宴を開こうと、彼はすべて断った。
「殿下、少しはお休みください」
側近の騎士が困ったように言う。
だがアルフレッドは、セレスティアの手を握ったまま首を振った。
「休んでいる暇などない」
低い声だった。
己へ言い聞かせるような。
焦燥を押し殺すような。
寝台の上の少女は、相変わらず目を覚まさない。
窓際から差し込む陽光が、白い頬を照らす。
細い指。
呼吸のたび、わずかに揺れる胸元。
それだけが、彼女がまだ生きている証だった。
アルフレッドは、その手を両手で包み込む。
「……冷たいな」
呟いて、自嘲した。
当然だ。
彼女をここまで追い詰めたのは、自分なのだから。
学院時代。
侯爵令嬢たちに吹き込まれた噂を、彼は何一つ疑わなかった。
セレスティアなら、そんな卑劣な真似をするはずがない。
本当は誰より知っていた。
けれど。
誇り高い王子として育ったアルフレッドは、裏切られたと思った瞬間、深く傷ついた。
だからこそ許せなかった。
――いや。
許せないと思い込もうとした。
本当は、彼女を失うのが怖かっただけなのに。
なぜあれほど腹が立ったのか。
なぜあれほど傷付いたのか。
今なら分かる。
好きだったのだ。
ずっと。
学院に入るより前から。
誰よりも近くにいた少女を。
失いたくなかった。
プライドが邪魔をした。
一度口にした拒絶を、撤回できなかった。
歩み寄ることができなかった。
「……最低だな、私は」
掠れた声が零れる。
返事はない。
けれどアルフレッドは、今日も話しかけ続けた。
「魔王は倒したぞ」
「お前の力があったから勝てた」
「だから……もう、起きてくれ」
ぽつり、ぽつりと。
懺悔のように言葉を落としていく。
ある日。
教会の大司教が、公爵家を訪れた。
「浄化の進行が遅い」
老齢の男は、深刻そうに眉を寄せる。
「殿下が触れておられることで、命の力が少しずつ流れ込んでいるのでしょう」
「ゆえに命は繋がっております。しかし、このままでは……」
アルフレッドは顔を上げた。
「他に方法は」
「……ございます」
大司教は言い淀む。
さすがに未婚の男女へ告げるには躊躇いがあるのだろう。
だが、アルフレッドは低く言った。
「今さら何をためらう。言え」
「主から乙女へ命の力を渡す方法はございます」
大司教は小さく息を吐いた。
「最も効果が高いのは……口づけです」
部屋が静まり返る。
公爵夫人が顔を赤くし、公爵は気まずそうに咳払いした。
侍女たちは硬直している。
アルフレッドだけが、静かにセレスティアを見下ろした。
「……そうか」
それだけ呟くと、彼は迷いなく寝台へ腰掛けた。
「で、殿下!?」
周囲がざわめく。
だがアルフレッドは構わず、セレスティアの頬へ触れた。
「すまない」
掠れた声。
「目を覚ましたら、軽蔑してくれて構わない」
長い睫毛は動かない。
アルフレッドはゆっくりと身を屈める。
そして。
そっと、唇を重ねた。
触れるだけの、短い口づけ。
――その瞬間。
「っ……!」
セレスティアの唇に、わずかに赤みが戻る。
部屋中が息を呑んだ。
「顔色が……」
「本当に……」
アルフレッドは震える指で、彼女の頬を撫でた。
温かい。
ほんの少しだけ。
けれど確かに、先ほどより体温が戻っている。
胸の奥が、ぐしゃぐしゃになった。
「……セレスティア」
泣きそうな声だった。
「頼む。どうか……目を覚ましてくれ」
明日も18時更新です!
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