第4話:明かされた隠された真実と、届かない後悔の叫び
フェルノア公爵邸は、不気味なほど静かだった。
凱旋の日だというのに。
王都中が勝利に沸いているというのに。
屋敷には祝いの気配が一切ない。
馬車を降りたアルフレッドは眉をひそめた。
「……何があった」
誰も答えない。
国王も。
王太子も。
従者たちまでもが重い沈黙を抱えていた。
屋敷へ足を踏み入れる。
すると、一人の女性が出迎えた。
フェルノア公爵夫人だった。
深々と頭を下げる。
その目元は赤く腫れていた。
何日も泣き続けた者の顔だった。
「……殿下」
かすれた声が漏れる。
それ以上の言葉は続かなかった。
胸の奥がざわつく。
案内された廊下の先。
一つの扉の前で、公爵夫人は立ち止まった。
そして静かに扉を開く。
薬草の匂いが流れ出た。
白いカーテン。
白い寝台。
差し込む陽光。
その中央に、一人の少女が横たわっていた。
「…………セレスティア?」
違う。
一瞬そう思った。
あまりにも痩せていた。
頬は落ち窪み。
肌は血の気を失い。
長く美しかった金糸の髪も輝きを失っている。
そんなはずがない。
セレスティアはいつだって凛としていた。
誰よりも気高く。
真っ直ぐ前を向いていた。
寝台の少女は、その面影すら失いかけていた。
「……何だ」
声が掠れる。
「何だ……これは」
知らず、手から聖剣が滑り落ちた。
だが。
床へ落ちることはなかった。
聖剣はふわりと宙へ浮かび上がる。
まるで帰る場所を知っているかのように。
ゆっくりと。
セレスティアの胸へ吸い込まれていく。
「駄目だ――!」
伸ばした手は届かない。
止められない。
次の瞬間。
セレスティアの顔色が変わった。
ただでさえ白かった肌から、さらに色が失われていく。
まるで命そのものが削られていくように。
「セレスティア!」
アルフレッドは駆け寄った。
その手を掴む。
冷たい。
あまりにも冷たかった。
生者の温もりではない。
「医師……!」
振り返る。
「これは……」
言葉が続かない。
「なぜ、こんな状態に……?」
医師は苦しげに目を伏せた。
「……脈はございます」
だが。
その声に希望はなかった。
「ですが、いつ止まってもおかしくありません」
血の気が引く。
「どういう意味だ」
「浄化が間に合わなければ、聖剣に蓄積された穢れに身体を蝕まれます」
「穢れ……?」
そこで初めて国王が口を開いた。
「聖剣の乙女は、ただ剣を宿すだけの存在ではない」
王太子が一冊の古びた文献を差し出した。
擦り切れた羊皮紙。
長い年月を感じさせる装丁。
「失われていた記録だ」
王太子の声は重かった。
「文献が見つかったのは、お前の出征直前だった。およそ百年前に起こった内乱で失伝していたんだ」
「……」
「最初は我々も信じられなかった」
王太子は静かに続ける。
「フェルノア公爵家へも説明した」
「セレスティア嬢にもな」
アルフレッドは震える指で頁を開く。
そこには知らない真実が記されていた。
『主は力を受け取り』
『乙女は穢れを受け取る』
『ゆえに主は乙女へ命の力を還さねばならない』
『力の循環が続く限り、乙女は穢れを浄化できる』
視界が揺れる。
「なら……」
声が震えた。
「なぜ俺は知らなかった」
王太子は目を閉じる。
「お前に知らせるなと望んだのは、彼女自身だ」
「なぜだ……」
「お前が何の憂いもなく戦えるように、と」
王太子は目を伏せた。
「我々も説得した」
「だが、彼女は首を縦に振らなかった」
頁をめくる。
そこに記されていた最後の文章が目に入った。
『乙女の主を慕う想いが深いほど、浄化は強く成る』
その瞬間。
最終決戦の記憶が蘇った。
魔王の放った黒き瘴気。
大地を裂く呪い。
死を覚悟した瞬間が何度もあった。
それでも。
聖剣は応え続けた。
今まで感じたこともないほど力強く。
今まで感じたこともないほど手に馴染み。
まるで誰かが支えてくれているかのように。
――違う。
支えられていたのだ。
彼女に。
命を削りながら。
自分の知らないところで。
ずっと。
その勝利を願いながら。
『君には失望した』
『二度と私に近づくな』
『心まで醜い女だったとは思いたくなかった』
自分の言葉だった。
自分が彼女へ向けた言葉だった。
それなのに。
それでも。
彼女は自分を想い続けていた。
「……っ」
息ができない。
胸が痛い。
苦しい。
どうして気付かなかった。
どうして信じなかった。
どうして――
「どうしてだ……」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
「俺はお前を傷付けてばかりだったのに……」
震える声が漏れる。
「それなのに、どうしてお前は……」
公爵夫人が口元を押さえる。
堪えていた涙が零れ落ちた。
「この子は……最後まで殿下のことをお慕いしておりました」
アルフレッドが息を呑む。
「学院で何があったのか、私には分かりません」
夫人の声が震える。
「ですが、この子は一度も殿下を恨みませんでした」
涙が頬を伝う。
「それどころか、ずっと殿下のご無事だけを願っていたのです」
部屋が静まり返る。
「最後の儀式の後、ほとんど目を覚まさなくなりましたが……」
かすれた声が震える。
「今朝方、ほんの少しだけ意識が戻ったのです」
「その時、魔王討伐の報せを伝えしました」
夫人は涙を拭った。
「そうしたら……」
言葉が途切れる。
「よかった、と」
震える声が落ちた。
「殿下がご無事で、本当によかったと……」
そして。
「声もほとんど出せず、体も動かせなかったのに」
「それでも――」
夫人は涙を拭う。
「安心したように笑ったのです」
世界が止まった。
胸が締め付けられる。
苦しい。
痛い。
何より。
どうしようもなく愛おしかった。
アルフレッドはセレスティアの手を握る。
冷たい。
あまりにも冷たい。
「違ったんだ……」
掠れた声が落ちる。
「あれは全部……違ったんだ」
返事はない。
閉じられた瞳は動かない。
「謝りたかった」
喉が詰まる。
「ずっと……謝りたかったんだ」
涙が頬を伝う。
「だから……」
握る手に力が入る。
「目を開けてくれ」
声が震える。
「セレス」
返事はない。
「頼むから……」
どれだけ呼んでも。
どれだけ願っても。
彼女は目を覚まさなかった。
明日も18時更新です!
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