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#8 エルフと自由人、交わされたもの

「――いや、弟子は取らんぞ?」


「……はい!?」


 大熊の群れを串刺しにしたまま、それらをひとまずどうするかを後回しにしたミシャリーゼは、共に小屋へと戻ったディナルに「これからご指導よろしくお願いします!」と元気に返されるや否や、そんな風に即答した。

 ディナルは当然のようにぽかんとした顔を浮かべ、自分が何を言われたのかすら理解できていないほどに混乱している。


「そもそも断ると言っただろうが」


「いや言いましたけど! でもあの感じはなんだかんだ引き受けてくれる流れじゃないですか!」


「王族だからといってなんでも叶うと思うな……ふぅぅ――」


 かつて自分の仕えていた国の王族へとため口を使い、本来逆らうことなど出来ぬであろう頼みをきっぱりと断った挙句、あろうことか目の前で煙草を吸い始める始末。自由人を通り越して、破天荒もいい所である。

 まさか自分の思い描く信念に対してこうも雑な返しをされるなどとは夢にも思っていなかった故に、ディナルの心の内は予想以上のダメージを食らう羽目となっていた。




「……今思い出しました。そういえばルーロ殿、錬金術とか仕事以外は基本的にダメ人間でしたね……」


 リーナは呆れるような口調で、ディナルにだけ聞こえるほどの声量で呟いた。

 流石に王城の中での不摂生はある程度気を付けていたようであるが、箍(たが)が外れてしまっている現在はその面影すら残っていない。


「……あのっ。せめて、理由を教えていただけないでしょうか……?」


 正直、ディナルの抱いていた憧れの女性像は既に崩れかけていた。……だがそれでも、己の意思を貫き通すためにも、そこで諦めるわけにはいかなかった。

 ここからミシャリーゼの考えが覆らなくてもいい。そんな覚悟を持って、彼は目の前の錬金術師にへと問うた。すると、返って来たのは――――




『――ミシャリーゼ!! 貴方またそんな体に悪い物を!』


「うおわっ⁉」


「あっ、赤……ちゃん?」


 目の前の女性から発せられたものではない、誰かの声。そしてその主は、いつの間にかミシャリーゼの後ろにいた。

 

 ――宙に浮く、子供。どちらかと言えば赤子に近い体は、まるで人と樹木が一体化しているよう。御伽噺の中でしか聞くことの無いような、妖精に酷似した姿をしていた。


「ル、ルーロ殿! この子、は……?」


「あぁ、こいつか? ……私の近くに立つことから、名付けて――」


『あなたそのくだり何回やれば気が済むのよ。私それもう百回以上聞いてるんだけど?』


 不思議なポーズを決めながら言い放つミシャリーゼの台詞を遮るように、その小人は聞き飽きたそれを強制的に中断させる。


 そんな風に呆れ顔の存在に、他の二人は驚き以外のものを抱くことすら許されなかった。突如現れたそれがどう考えても、人間の住む国には居るはずのない存在であったから。




『……失礼、紹介が遅れたね。私はシエラ。この樹海における高位存在――エルフの末裔にして、『妖精王』の正統後継者』


「エルフ……妖精……?」


「それはまた……どんどん、話が現実的ではなくなってきましたね……」


「魔法使えるデタラメ人間ばっかいる世界の奴らが何言ってるんだ。中佐もビックリ通り越してドン引きだぞ」


『あなたは少し黙ってなさい』






 ――せめて人のいないところで吸えとシエラに小屋の中を追い出されたミシャリーゼは放っておかれたまま、その小人は話し始めた。彼女がディナルを弟子として迎えることの出来ない理由は、自分にあるのだと。


『貴方達は知らないでしょうから、少し説明させてもらうね。今この森の中では、エルフや精霊がそれに当てはまる『妖精族(スピリア)』と、悪魔に魂を売ったオーガの一族が束ねる『堕鬼族(フォーガ)』……この二種族間での争いが続いている――――』




 この樹海に生ける知恵持つ存在は、特異なる人間を除けば主にその二種族のみ。

 と言っても、その内容は五百年前から続いている小競り合い。放っておいても何の問題も無いような諍いの類……しかしそれが、近頃になって突如激化した。


 ある堕鬼族(フォーガ)の幹部が、妖精族(スピリア)の王を闇討ちしたのだ。互いの生活領域は侵さぬことによって保ってきたギリギリの友好関係がそこで完全に決裂し、小さな争いはその火種を大きく膨らませ、樹海全土を震撼させる大規模な戦争へと発展したという――――




「……そんな風には思えませんが。実際、ここら一帯で殺し合いをする者なんて一度も見ていませんし」


『それはそうよ。ここは樹海の中で最も手前のエリア。……この妖精の樹海は前域、中域、そして深域と、簡単に言えば三つのレベルに分けられるの。で、ここは前域。森の中でも比較的平和な安全地帯』


「何? 同じ森の中であっても違いがあるのか?」


「というか、ここが安全地帯……⁉︎」


 人国には出回っていない情報。国の上層部にすら回ってきたことのないそれがあっさりと出てきたことに続けて驚く。


『当然、奥へ向かうにつれて危険度は跳ね上がる……そして今争いが起こっている場所は、深域の一歩手前――『厄災の迷宮樹域(エリア・ディザスト)』とも呼ばれている、樹海屈指の危険地帯……』


 先ほど戦った大熊――プヴォロが生息しているこの場所は、当然前域。それも、森全体で見れば足を踏み入れた最序盤に位置する場所。そこに居る獣に対してですら手も足も出なかったことを考えると……


「……正直、絶望的としか言えませんね」


「どうやら、私達はこの森を相当甘く見ていたようだ。このままでは、ゼルトースの民からの信頼を再び勝ち取る以前に、ここで死にかねん」


 一国に対抗できるほどの力を欲するディナルにとって、目の前に立ちはだかった問題はかなり厄介なものだった。

 森に入り何も得られず、手に入れたい力を得る前に森の中で潜む殺意の猛襲によって命を落とす――そんな最悪の未来が、ほんの僅かながら頭を過ぎったのだ。

 

 この誰も知らぬ場所で、想像も出来ぬほどの何かを……小さかろうが、希望を見出し強くなるというのが、彼の思い描いていた浅はかな理想。

 血の滲むほどの鍛錬を続けていたとはいえ、所詮は王宮というぬるま湯に全身を疲らせていたというのが揺らがぬ事実である以上、考えが甘かった以外に何もない。




「――それで結局のところ、ルーロ殿とその争いに、一体どのような関係が?」

 

 脱線しかけていた会話のレールを、リーナがそこで戻す。そもそもこの話は、ミシャリーゼが弟子を取れない理由について、が主な内容だ。

 ”取らない”ではなく、”取れない”。その要因が、シエラにある。それが何故であるのか……それを、小人はそこで端的に述べたのだ――――




『ミシャリーゼはね……私とある契約をしたの。彼女は自分の大切なものを取り戻すために……私は、かつて確かにあった、この森の平穏を取り戻すために――――』

話の邪魔だからと言われ追い出される主人公…………主人公……?

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