#9 転生者、彷徨と邂逅:前編
――――時は遡り、およそ十年前。ミシャリーゼ・ルーロ十九歳、ゼルトース王国追放直後。
「ふぅぅっ……詰んだ。さては詰んだなこれ?」
追い出され、当てもない。頼れる者もいない。生まれ変わってから一度もゼルトースの外へ出る経験など皆無であったミシャリーゼに、救いの手など差し伸べられることはなかった。
体がいつも以上に重かった。背負っている城から持ってきた数冊の本、それと使うかどうかも分からない、本来は錬成に使う素材であった植物の種を持ってこれるだけ持ってきたはいいものの、肝心の錬成を封じられてしまった故、現状ただの荷物状態。その事実が、余計に彼女の足取りを重くしていた。
「くそっ、ただのオタ活がこんなことになるとは……あんっのクソ王子! 次会うことあったらぶん殴ってやる……!」
二日。その王子――フォルドと顔を合わせてから今に至るまで、ざっと二回は空に月が昇るのをその目で見ていた。
たったそれだけの期間……といっても、彼女の苛立ちを増幅させ、少々やさぐれさせるには十分すぎるほどの時間が経過している。
その間、森に入ってからは巨大な熊に追われ、知らぬ間に毒蛇の住処へと足を運んだり、足を滑らせ泥濘に嵌まって更に時間と体力を奪われていく……そんな気の休まることのないハプニングが連続しても何とか生き抜いているところを見るに、ミシャリーゼ・ルーロという人間の生命力の高さが伺える。
彼女は、転生者であった。
違う世界にて生まれ、育ち、そして死んで、この世界にて新たに生まれ変わった生命体。前例があった記録なども無い、極めて珍しい――
「いや、転生ものなんて今時珍しくもなんとも」
はいそこ静かに。……話を戻そう。
前世、剣や魔法で戦うことなど決してない、至って平和な国。そんな場所で母国の誇りとも呼べる書物を何千と読み漁っていた女は、その世にて生きていた二十数年。現実を完全に捨てていたことも相まって、それはもう見事なオタク末期患者に成長したそうな。
だがある日突然「この疑似真理から抜け出したらぁい!」などと酔った勢いで喚きながら海に飛び込んだ結果、現在に至るまでの第二の人生がスタートしたわけであったが……それから十九年。
この世界にも錬金術が存在することを知ってから狂ったように続けてきた研究にも、ついに物理的に終止符が打たれてしまったわけだ。
「詰んだ……詰んだなー……」
同じことを何回も繰り替えすように呟きながら、目指す場所すら定めることなくひたすら奥へと進んでいくミシャリーゼ。
もう目に生気はなく、どこか虚ろになっている。とぼとぼと、何を考えるでもなくただ足を前に進め続けるのみ。
「――ん?」
それから、一体何時間……何十時間経っただろう。適当に毟った草とその中に含まれていた水分でなんとか食いつなぎ、途中口内を痺れさせながらも意味なく生きながらえ続けたその先で、彼女は不思議な光景を目の当たりにした。
女性。一人の女性が、樹木にもたれかかって倒れていた。
絵に書いたような美女といった容姿で、顔が整っているのはもちろん、長いライトグリーンの髪やそこからちらりと見える尖った耳。
全体を見ても美しいという言葉しか出てこないその姿は、ミシャリーゼに森に住まう女神であるのかと思わせるほどのものだった。
(しかし何故こんなスケベなる爆美女が樹海の中に……あ、迎えか? とうとう死んじゃうのか私?)
今際の際で頭の中に並べる言葉では決してないだろう。が、悲しいかな。これがミシャリーゼの平常運転。
城の中では相当自重せざるを得なかったこともあって、その発言や頭の中を巡る言葉は城にいた時のそれとはかけ離れた、それこそ別人のようなものだった。
が、彼女とて完全にふざけているわけではない。
薄い布一枚しか纏っておらず、ボロボロであるそれは彼女の豊満な体を完全には隠しきれていない。何故そんな姿のままこの危険地帯にて目を閉じているのかが理解出来なかったのだ。それこそ、とうとう限界を迎えた自分に天からの迎えが来たのかと勘違いしてしまうくらい。
しかも、それだけではない。空腹と疲労困憊、困惑からミシャリーゼも気付くのが遅れたが、辺りを包むほどに濃い血の匂いが彼女から放たれていたのだ。
原因は腹部からの出血。流れ始めてからかなり時間が経っているのだろう。布に染み込んだそれも既に乾ききっており、少しばかり黒く変色している……そして、そこから流れ落ちたのであろう。彼女を支える地面のみがぐっしょりと濡れていた。
「……っ、く」
「うおっ、おい大丈夫か……!?」
そんな時、倒れた女性の方も人の気配を感じたのだろうか。力無くも死に物狂いで開いた瞼の先で、久方ぶりに木々以外のものを見たような顔をしていた。
「あな……た、は……?」
「あまり喋らない方がいい。……薬ぐらいなら手持ちので作れるか? 錬金術なしだと相当時間かかるが……」
「……お気に、なさらず……この身はもうもちません……」
己の全てを悟っているかのような、諦めの顔であった。
「それにしても……何故人間がこんな前域の最奥まで……? 生身の人間が、どうして生きていられる……」
「さぁ? 運が良かったか、生命力が強いのか……まぁ、じきに死ぬのには変わりない……と、そんな事を聞いてくる辺り迎えじゃなかったか。んじゃ、もうちょいは生きてられそうだ」
突然現れた銀髪の人間。この絶望しかない森の世界の中で彼女が見せたのは、まるで希望でも持っているかのような微笑み。横たわりその身の生命が潰えようとしているその存在にとって、それはあまりにも眩しいものに見えたのだ。
「……私はエルフ、シエラという者……あ、なたは……?」
「ミシャリーゼ・ルーロ。ゼルトースの王宮直属研究員で、錬金術師――といっても、両方”元”だが」
「……お願いがあるの」
力を振り絞るように、シエラと名乗った存在はミシャリーゼの返答を待たずして話し始めた。その体で喋ることの出来る時間は、もうそれほど残されていなかったからだ。
「お願い?」
「えぇ……私と貴方……シエラとミシャリーゼの、『契約』――――貴方に……命と未来をあげる。その代わりに私を……私達を助けて」




