#58 刺客
「わぁっ、洞窟の中なのに奥まで昼みたいに明るくて…………ディナル様、決してヴァイオレット様との思い出に泥を塗ろうとしているわけではないのですが……本当にレアな宝石なんですか? これ……」
「あぁもちろん。……そのはず……なんだがな……」
煌びやかに輝く洞窟を進み始めると、先ほどまでは感じられなかった不気味な空気がそこには漂っていた。付近に敵意を持った何かが存在しているという何よりの証拠である。
そんなものを感じながらも洞窟の更に奥へと進んでいたリーナが、つい今しがた見つけたルナクリスタルが本当に希少なものであるのかを疑い始める。
上下左右、どこを見ても埋まっている月の石。どれだけ別方向に目を逸らそうが、目を瞑ろうが、己が目が目として機能しているのならば自然と受けることとなる圧倒的な光量と物量の前に、その美しい宝石が本当に価値ある代物なのかと気になってしょうがなかったのだ。
そして、そんな問いを投げかけられたディナルもまた、彼女と同じように困惑する。かつて自分の母に見せてもらったそれが滅多にお目にかかることのできないものであると、今日この日までずっと信じ続けてきたのだ。
ところが、実際はこの有様。どこもかしこもルナクリスタルで埋め尽くされたこの空間……全方位から照明でも当てられているような眩しさを感じるほどに存在する月の石。
「もしや、母上は商人に騙されていたのか……?」
「ここが特殊なだけだ。というか、敵の根城だぞ。これ全部がルナクリスタルであることは間違いないが、天然物かどうかはまた別だ」
光に当てられながらも、かつて微笑みながら石を眺めていた母のことを思い出しつつ別の疑問を抱くディナルのそれをミシャリーゼが否定する。
「もしも人工だとして、どうやって作ってるのかは検討もつかんがな。用途だって、こんなもの使い方は限られて…………っ‼︎ 全員離れろ‼︎」
『っな、何急にーーーーッ⁉︎』
そうやって、先程と同じようにミシャリーゼが一人思考に入ろうとしたその瞬間に彼女が感じたのは、隠す気すら無いような強烈な殺気。
エルフの血を取り込んだことによって更に精度を高めた彼女の危険察知能力が、ここにきてトラブル発生の予兆をいち早く感じ取ったのだ。
結果、整備などされていない不安定な足場の続く明るい洞窟の側方……その裏から突然飛び込んできた破砕音となにやら巨大な物体を皆が回避することに成功したのだ。
「なんなの急に……!」
「あれ….ガーディアン? 樹窟を巡回してるやつに似てるけど……」
突如現れたのは、ブラグロリネラとはまた違う姿をしたガーディアンらしき存在。だが、本来のそれとは挙動も魔力の感じも異なる。
樹窟の中を回るガーディアンは、戦えこそすれどあくまでも警備用。戦闘能力に重きは置いておらず、基本的には軽装で本体の機動力を活かせる設計となっている。
だが、目の前のそれはどうだ。両腕は本来のそれよりも二回りほど太く、存在感だけで言えば大熊プヴォロ以上。ククノチシアの戦士筆頭であるラミアですら見たことのない構造体が、皆の前に立ち塞がったのだ。
「ふん、あそこから避けおったか……なんとまぁ運の良い奴らよ」
「えっ……?」
するとその時、壊された側方の穴……その向こう側から聞こえる声。その主は、ゆっくりと歩きながら光り輝く洞窟へと足を踏み入れた。
そしてラミアは、聞こえてきた声に対して真っ先に反応する。その声色が、何故だが聞き覚えのあるものだったからだ。
まさか、ミシャリーゼの予想が的中しているなど……今この瞬間まで、彼女は微塵も思っていなかったというのに。
「む、あの顔……」
「あれ? あなた昨日……長老さんの所にいた……」
「ストルグ殿⁉︎ 何故貴方がこのような場所に……!」
ラミアが向ける声を荒げるその者の顔には、昨日中域を訪れたばかりであったディナルとリーナも見覚えがあった。バシュヌに案内されて辿り着いた場所にて、彼らは互いに顔を合わせていたのだ。
「樹窟のガーディアンは、貴方の管轄であるはず……! にも関わらず転移門結晶は見つけられず、挙句にここで何をしているのですか!」
「黙れ小娘が」
冷たく淡々と返された一言は、ククノチシアで見る普段陽気な彼とは似ても似つかぬもの。
「そもそもお前の力でここに来たのではなかろうて。お前はそこの忌々しい女にただついて来ただけ……通ずる門だってそうだ。己で見つけられぬからと、今そうしてこちらに責任をなすりつけている……自身の意思はない!」
「ッ……! っ、くっ……」
そんな言葉が、ラミアの内面を抉る。彼女はここに来るまでの道程で、ストルグに反論出来るほどのものを持ち合わせていなかったのだ。
見せずとも折れんばかりに歯を食いしばるその顔からは、悔しさが滲み出ている。だが、事実は事実。ラミアは、それを受け入れねばならないと思い……同時に、払拭する覚悟を己が身に宿したのだ。




