#57 月の石
長い通路を通り抜けた先に待っていたのは、またもや樹窟に近しい洞穴が無数に広がる岩壁地帯。違う点があるとするならば、その壁の至る所に優しい光を放ち輝く鉱石が無数に存在していることだろうか。
「わぁっ……! すごく綺麗……!」
「こんな石初めて見た! まるで月の光みたい……!」
警戒心は保ちつつも、その幻想的な風景に魅了されてしまう女子二人。キラキラとした未知のものに惹かれた彼女らに続くように驚愕の表情を浮かべたのは、ディナルとミシャリーゼ。彼らにとってそこは、まるで本当に現実であるのかどうかも分からないような光景であったのだ。
「これ……ルナクリスタルか⁉ ぜっ、全部……‼」
「私も本物は見たことなかったな! しかもこんな一度に大量にお目にかかれるとは!」
ここまでも希少金属を見つけてはテンションを高めていたミシャリーゼであったが、今の高揚ぶりはここまでの反応が霞んで見えるほどに凄まじかった。
だが彼女よりも、驚くべきはディナルの方だ。彼の本職は剣を振るうことであって、師と謳う隣の女性のように錬金術師ではない。得意とする技術を扱う際に必要な素材に対する深い知識など到底持ち得ていないし、何なら彼女のもとで一から錬金術を教わっているリーナの方が詳しいくらいだ。
ミシャリーゼに教えを乞うたのは、あくまでも『錬金術師』としてではなく『一人の強者』として。強くなることを……そしてその果てに、故郷であるゼルトースへと帰還することを誓い戦わんとする彼が、どうしてそのような鉱石のことを知っているというのか。
「大地が浴びた月の光を地中にあるこの石が吸収し、そのエネルギーで成長を続ける貴重な宝石だ。人国の鉱山なんかじゃ百年間で一欠でも採れれば万々歳とも言われている超レアアイテム……今夜はちょうど特大の満月が出ている頃だろうからな。その輝き方も半端じゃない」
現在地上は夜。そして五千年に一度の『星々の時ずらし』によって、本来昨日見られるはずだったユグドラシルが今始まっている。世界を飲み込まんばかりの美しく膨大な月の光が、全てを飲み込まんとするように数多を照らしているのだ。
「それにしても、ディナルがこれを知ってるのは意外だったな。てっきり、剣を振ること以外は興味ないものだと思っていたが」
「さすがにそれは……でも確かに以外かも。ずっとククノチシアに住んでる私でさえ知らなかったのに、どうしてディナルは知ってるの?」
「あぁ……母上がこれの欠片を至極大切に持っていてな。その宝物を、幼い頃俺はよく見せてもらっていたんだ」
「……ヴァイオレット様が?」
そこでリーナは、意外な名を聞くこととなる。
平民の出でありながら、先代国王ドルムの寵愛を受けた人間――ヴァイオレット・ゼルトースは、紛うことなきディナルの実の母親。
元々体が弱く病気がちで、ディナルが幼い頃に若くして亡くなってしまった彼女が息子である彼を深く愛していたのは、ディナルの傍にいたリーナもよく知っていた。
「でも、私はそんなもの見たことなんてありませんよ?」
「……二人だけの秘密だったんだ。父上も、兄上だって知らない。母上もかつて誰かから譲り受けたものらしいが……本当に美しかった。そして今目の前で光っているその原石は……その欠片よりも眩く、強い力を秘めている……」
ディナルはそれを見て、少しばかり胸が締め付けられたような気分だった。かつて母と共に眺めたそれが……何よりも輝いて見えたそれが。己が記憶の中にある光が、もっと強いそれに塗りつぶされているような気分になったから――――
「んじゃこれも採取採取っと」
「……ん?」
感傷に浸るディナルなどなんのその。お構いなしに突然とりあえずとでも言うように正面のルナクリスタルを粉々に砕くミシャリーゼ。
粉砕された月の石であるが、内部には月光のエネルギーを十分以上に蓄えており、小さくなってもなおその輝きは衰えない。なんとも不思議で幻想的な姿は皆の目を奪うものの、それを実行した者に対してのヘイトも同時に集まっていた。
『あんたはもう少し躊躇いなさいよ今くらい!』
「せっかくだから最終兵器に使うんだよ。……それに、これはディナルの母親が持ってた欠片じゃない――――昔ディナルが感じた輝きは、こんなものよりも煌びやかだったはずだろ?」
「っ……! 師匠……」
「ま、そんな話は私の性に合わん。必要分だけ採取して、さっさと奥に進もう」
柄に合わないことを言ってしまったと内心思いつつ、それをはぐらかすようにせっせとルナクリスタルを集め始めたミシャリーゼ。しかし彼女のそんな言葉は、今しがた靄がかかり始めていたディナルの記憶を晴れさせる。
確かに、目の前に広がる光景はあの頃よりも眩しい。それでも、かつて彼が感じた……母との秘密であったあの欠片の美しさには、到底及ばないのだ。例え、どのような素晴らしい宝石であったとしても。




