#56 無からの脱出
それからも、かなりの時間同じような道を進んでいたと思われる。
罠の類は無く、一番初めのような魔物の襲撃もない。本当に最初のあれはなんだったのかと疑問が絶えないディナル達の探索は続く。
「……なんか、ずっと警戒しているのが馬鹿みたいですね……」
「気をつけろよリーナ。もしかすると、そうやってこちらを油断させるのが敵がこれだけ道を長くした目的なのかもしれない」
だんだんと気が緩みそうになっているリーナと、無理やり緊張感を身に宿すディナル。分かれ道すら存在しない通路にどのような意味があるのかと勘繰るものの、間違いなくこういうことだろうと言える答えは思い浮かばぬまましばらくが過ぎてしまった。
「もしかしたら、侵入者がここに来るのなんて向こうも想定していないのでは? ほら、あれだけの魔物の爆発、大抵の者はあれに気付く前に死んでますし」
「たしかに……師匠がいなければ命は無かった……というか、あんなにすぐ対処できる対応力はなんなんだ……?」
「ミシャ様の反射神経は頭おかしいですからねぇ」
『大体おかしいのよあの子は』
「おい最後ただの悪口だろ」
ここでのラミアの予想は当たっていた。
敵のセキュリティが甘い……というよりは、あの初見殺しを回避できる存在がいることの方が異常であるという結論は、あながち間違いであるとも言い難い。
事実、ミシャリーゼの反射神経と思考速度、対応する能力が無ければ、あの罠を回避することは出来なかった。
本来あの魔物らが自爆した際には、もっと広範囲に熱と衝撃が行き渡る。それこそ、彼女らの通ってきた出口側の転移門結晶……魔物から五十メートルは離れているであろうその位置さえも容易に飲み込んでしまうほどに。
それをあの程度で抑えてみせたミシャリーゼ。彼女の底力を、罠の製作者は把握しきれていなかったのだ。
「レーダーにもずっと反応が無いな。魔物どころか罠の一つもないぞこりゃ」
「……でも、出口はもう近いかもしれませんよ」
「どういうことですか? ディナル様」
いつまで続くのやらと、とうとう溜息を吐き始めたミシャリーゼの呟きに、ディナルがそう答えた。レーダーでさえ見ることが出来ないものを、彼は己が耳を用いることで一足先に把握していたのだ。
「若干ではあるが、微かに水の流れる音がする。今歩いているこの迷宮のような道は、おそらくもうすぐ終わる……そうでなくとも、何かしらの変化があることは間違いないだろう」
彼の聴覚の凄まじさは今更疑う余地など無いが、現状他の者にその流水音は聞こえていない。変わり映えのしない景色に頭がおかしくなりそうだった皆の表情が目に見えるほどに明るくなった。
「でも同時に、安全地帯もそこで終わり……ということですよね……」
「ほぼ間違いなくな。誰にも勘付かれることなくククノチシアを爆破地獄に追いやった奴らだ。敵も私達の侵入に気付かないほど馬鹿じゃない」
現状何もなくとも、ここが敵の本拠地であることには変わりない。今この瞬間にも、自分達の動向を見られていたとしても全くおかしくないのだ。
ここからの立ち回り次第で、生存率も大きく変わってくるだろう。しかしそんな中でも、もう怖気付くような者などいるはずなく、全員が内に宿した闘志を叩き起こすように集中力を上げていく。
「シエラ。……一応でいい。準備はしておいてくれ」
『ん、了解……っていうか、ここまでの間にもう準備は終わってるわ。いつでも大丈夫』
「そうか、助かる」
そんな時だった。ミシャリーゼが突然シエラに対して何かを頼んでいたのは。
かなり珍しいやり取りだろう。この錬金術師は基本的に、自分のことは自分でなんとかするタイプであり、結果それでなんとかなってしまう。そもそも戦闘においては、既にこのメンバーの中で群を抜いている。誰かに頼るという選択肢すら、本来は持たぬ人間なのだ。
そのミシャリーゼが、これから戦いが始まるというタイミングでシエラにへと声をかけた。エルフの里を崩壊させた爆弾……そしてそれに入り混じったプラスチックを見た瞬間から、彼女の脳裏には様々な最悪のパターンが過っていた。
故に、安全圏ではできる限り脱力し、緊張から目を逸らした。いらぬ気力がを消費することを避けて、それら全てをクリアな思考に回し、作戦を練って……そうして、既にミシャリーゼ側の準備もまた、完了していたのだ。




