#53 転移門結晶
「……! ミシャ様、これ……!」
「っふふ、以外と早く見つかって何よりだなぁ……!」
レーダーの指し示す方向へと潜っていくことおよそ四十分。無数のガーディアン達を横目にたどり着いたその場所に存在していた、宙に浮かぶ八面体の結晶。
やんわりと怪しげな紫色の光を放ち、まるで他を寄せ付けぬようにしているような異様なプレッシャーを放っている。
「しかし、洞窟内は死角が無いように命令を施されたガーディアンがこれに気付かないとは……」
「というより……命令を書き換えられてるんじゃないか? 『この結晶に近付くな』とか、そんな感じのコードが。まぁ、ディナルのおかげで無事に見つけられた事だし、それは別にいいか」
一応この場所はもうククノチシアに該当しないため、全員が気付かぬ間に懐の煙草を咥えて火をつけ始めているミシャリーゼ。
かなりのヘビースモーカーと言っても過言ではないほどの愛煙家と成り果てていた彼女にとっては、里でのおよそ半日でさえかなりの期間が過ぎていた。久しぶりに肺へと送り込まれたそれのおかげで心身が安らいだのか、余計な思考を止めて最善へと辿り着くために頭を動かすスピードが異様に速くなったように思える。
「ふぅぅ……っと。で、これどうやって開けるのかねぇ」
「どう、とは?」
「転移魔法の類なら、触れたら先に進めるとか…………あれ? 何も起こらない……」
とうとう見つけた先へ進む道。そこへと辿り着いたのだから、他に何があるだろうか。そんな考えに至っていたディナルとリーナは即座に結晶へと近づき色々試すも、そこから何処かへ移動したりなどということはなく、美紗リーゼの意味深な一言も相まってどんどん疑問が増えていくばかり。
『なんでなんだろ?』
「当たり前だ。自分の家に鍵かけない奴が何処にいるんだよって話だろう?」
「でもミシャ様の家鍵なんて付いてないですよ?」
「里にも宝物庫とか重要な施設以外には鍵なんてかけてないですね」
「…………」
仮にこの場所が人国であったのならば、ミシャリーゼもそのように揚げ足を取られることはなかったのだろう……が、ここはそのような人間の当たり前が通用しない妖精の樹海。日常生活だって、人の物差しでは測れない。
「こういう転移魔法の入り口となる石を『転移門結晶』といってな。構築者が自由にパスワード……暗号みたいなのを決めて鍵をかけることができるんだ」
「へぇ……転移の魔法陣とかは敵も味方も出入り可能なのが普通だと思ってました」
「実際、人の戦場で使われていたのもそれだったしな。魔法陣を開くのには相当の人手と魔力が必要だから、一度開いたら敵が魔法陣めがけて奇襲を仕掛けて来ぬよう夜通し見張りをしたものだ」
「だから、その暗号を解読する。魔法世界のピッキング作業の始まりだ」
そう言いながら、ミシャリーゼもその転移門結晶へと手を翳しつつ、ゆっくりと息を整える。そこから発せられた力は、ここにいる全員が何度も見てきた、ミシャリーゼだけの錬金術によるもの。
『……開くの?』
「ピッキングなんてかっこよく言っては見たが、正直鍵の開け方なんて知らん。だから――鍵自体を今から都合の良いように作り替える……!」
錬金術の対象となった結晶の光が、そこからじわじわと弱まって、やがて消えるかと思いきや再びここまで以上に強い光が放たれる。鍵としての効力を失いかけたことによる、結晶自身の拒絶反応のようなものだ。
「鍵さえ突破してしまえば、後はただ道を抜けるだけだ。一瞬でも穴が開けば万々歳……さぁ、どうなるかな……!」
そうやって苦戦しつつも、どこか嬉しそうな表情だけは絶やさない。かつての念願であったファンタジーのような力を手に入れたその人間は、それを行使することでようやっと生を実感できる。ある種、大いなる力に飲み込まれた存在であると形容するのも、間違ってはいないだろう。
だからこそ、強い。己を飲み込むほどの力を受け入れ、行使し、そして何よりも楽しんでいる。力を操るのではない。呼応することによって、限界以上の力を引き出すことが可能なのだ。何年経とうが変わることのないミシャリーゼ・ルーロの本質は、今もなお彼女に強さを与えていた。
「――――プログラム変性、ロック無効化……固定、解放……! よし、全員結晶に触れろ! たった今から敵地に乗り込むぞ!!」
「いや早ぁ!? 緊張する間も無かったんですけど!?」
ミシャリーゼによる転移門結晶の解錠は、時間にしておよそ五分。彼女が強硬手段を選んだとはいえ、あまりにも早すぎる開門である。
だが、わざわざ緊張したとてここから先起こり得る可能性が大いにある戦いに勝てる道理など存在しない。既に決めた覚悟と共に、皆が意を決して結晶に触れるのにも、そう長い時間はかからなかった。




