#52 樹窟、再び
「あっ、ブラグロリネラが止まってる……」
「ここの一体は里の門番役だから、この付近に敵がいない間は動かずに力を蓄えてるんだ」
ククノチシアへと向かう道中に立ちはだかった巨人の動きがが完全に停止しているのを見つけたリーナに、ラミアは少しばかりの説明を施してくれる。
レーダーを頼りに樹窟の口へとやって来たミシャリーゼ達は、早速洞窟内に異変が無いかどうかを探るべく、皆がそれぞれ違う方向を見回しながら警戒を強めていく。視界の開けた里の中とは違い、ここでは魔物を含めた敵が突然襲ってくることだって十分にあり得る。必要程度の緊張感を持っておくのは、良い判断であると言えるだろう。
「それで師匠、レーダーが示しているのはどの辺りなんですか?」
「うーんと……洞窟の更に地下、この感じだとかなり底の方か? 相当潜らなきゃいけないっぽいなこりゃ」
レーダーに使われている水晶玉に映し出された情報を眺めつつ、ミシャリーゼは面倒事に直面したような険しい顔で後頭部をポリポリと掻いている。
『そういえば私、ここの地下って行ったことないかも』
「一応危険地帯ですからね。シエラ様の身に何かあってはいけませんし、ここの調査や警備も基本的には親衛隊がやってます」
柵などあるはずもない洞窟にて底の見えない奈落を眺めながら、シエラは不思議そうに呟いていた。
しかしいくら全容の知られている場所とはいえ、命の危険が常に付き纏うことには変わりない。気を緩めた瞬間に死が待っている……そんなシチュエーションだって、絶対に起こらないとは言い切れないのだ。
「岩場に親衛隊巡回用の隠し階段と通路があります。そこから下へ降りましょう」
ラミアは慣れた様子で近くの壁へ歩み寄ると、岩肌に手を当ててそこから魔力を送る。そうするとゴゴゴという音と共に壁の一部がずれて、先ほどまで何もなかったはずの壁の奥に道が繋がっていく。
「遊園地のアトラクションとかにある世界観ぶち壊しの非常口思い出すな……」
「ユーエン? なんですそれ?」
『ミシャリーゼのいつもの発作よ。気にしなくていいから』
「シエラ様! 念のため私が先行しますから……!」
妖精族の王が亡くなった今、シエラはその代わりとして王とならねばならない存在。絶対にこんなところで死なせてはいけない者であり、変わらぬその事実をこの中で最も重く受け入れているラミアは、例えこの戦いで命を落としたとしても彼女を守らなければならないという覚悟を持ってこの場所に立っている。
皆のため……そして自分の誇りのため。必ず己の役割を果たさんと彼女は意気込んでいたのだ。
「……よし。次はこっちです」
「結構入り組んでるんですね……」
そうして、いくつかの階段をどんどん下に下にへと進んでいく。洞窟を削って造られたそれらは、決して崩れることは無いであろうという安心感と共に、どこか自然の驚異に伝っているような不安も与えてくるのは、おそらく周囲の環境的要因によるもの。
暗い世界。狭い通路。普通であればなんてことのない風の音や小石が落ちる音でさえ、何かが起こる前兆のように捉えてしまう。良かれと持った緊張感が、ここに来て恐怖への感性を敏感にしているのは間違いないだろう。
それだけではない……少し、妙であった。
「魔物、出てこないな。ディナル、なんか聞こえるか?」
「いえ……中域へ向かう間は絶え間なく魔物の鳴き声や呼吸音が至る所から聞こえてきたんですが……それが全く聞こえない……環境音と、警備しているガーディアンの足音であろうそれがかすかに聞き取れるくらいですね……」
「えっ……!? ガーディアンが徘徊してるのはもっと下なのに……! 凄い聴覚だねディナル」
エルフの聴力も、常人に比べれば相当に高い。しかしそれすらも、ディナルの耳は遥かに凌駕してしまうほどの性能を有していた。
「…………いや、すみません。それ以外にも、何か変な異音が……」
「異音?」
しかし、その時彼の耳が捉えた音に、僅かな異変が起こる。先ほどまでは聞こえてこなかったそれが、彼の頭の中にこびりつく。
「どんなのですか? ディナル様」
「音というか何というか……こう、魔力を意図的に流しているような……ふわぁって感じ、の……?」
「フワッとしてますねぇ」
「すみません……俺の聞き間違いかも……」
「ふむ……案外そうでもないかもしれないぞ?」
一瞬聞こえたような気がしたというその音の正体が何であるのか。そもそも本当にそんな音が聞こえたのか。真偽がはっきりとしない中、ミシャリーゼだけは他と違った反応を見せる。
「ちなみにディナル――曖昧でいい。その音が聞こえた方向、分かるか?」
「はい? えっと…………あっちの方、ですかね……」
そう言いながら音が聞こえてきたと思われる方角をディナルが指差した瞬間、ミシャリーゼの口角が一気に吊り上がる。レーダーの示す方向と、彼の差した指の方向が一致したからだ。
「お手柄だぞ……! おかげで変な遠回りもせず、最短距離で目的の場所に辿り着けるはずだ……!」
広い広い洞窟の中、当てのない道のりが続くと思われていたが、ここに来てのディナルのファインプレーが一本の道を示した。
方向が決まったのならば、話は早い。彼の聞いたものの正体、そしてミシャリーゼのレーダーが反応した場所がどのようなものであるのか。それを知るために彼女らがやるべきことは、もはや真っすぐ進むのみだ。




