#49 迷者
(どこだ……俺は今どこにいる……⁉︎)
ミシャリーゼ達があると推測した敵地を探し始めた頃、図らずもそこへと辿り着いてしまった者がここに一人。
「あの連中は追ってこないのか……? 転移系の魔法に引っかかってしまったのは間違いないのだろうが……それにしても、向こうはなぜすぐに殺しにこないんだ?」
奇跡的に追手から逃れたバシュヌが立っているこの場所は、空はおろか樹海であるというのに木々の一つも見ることが叶わない空間。四方八方を岩に囲まれた洞窟のような場所であった。
かなりの湿度。そこらの岩は苔に覆われており、じめじめとした空気が張り付いて感じる暑さは少々不快なもの。天井は近く、最下層は見えない。さながら奈落……手付かずの深淵のようではあるものの、付近に存在していた下へと続く階段が、その想像を一気に掻き消していく。
雰囲気だけで言えば中域入り口である樹窟の口に似ているようではあるが、これまでに何度もその中を通った経験のあるバシュヌは、感じる空気のみでここは違う場所であると瞬時に断定した。しかしそうなると、非常に不可解なことがあるのをスルーは出来ない。
確実に発動した転移系の魔法、または魔法陣。バシュヌが自らそれを行使したわけではない以上、外部……十中八九敵によるものだ。当然彼の周りに広がっている空間内における地の利は向こうにあり、その気になれば今にでもバシュヌを追い詰めその命を奪うことだって出来る可能性が高い。
だというのにも関わらず、老人達がバシュヌの後を追ってくることはない。それが、バシュヌには疑問でしかなかった。
「戻る道は無い……ここへ来る道は一方通行なのか? それとも、ただ単に俺はこの場所に閉じ込められたのか……」
渡ってきた“なんらか“には転移人数の制限が存在し、その最後がたまたま自分であったのか。そのように他の有り得そうな転移の仕組みについて考えるも、急いで結論が出るような内容ではない。
「……いや、もうそれ以前の問題か。……クソッ、もう認めざるを得ないじゃないか……! 里の上層部、全員が黒だと……!」
それは、バシュヌが実際に見て聞いた真実。信じ、仕えてきた存在に裏切られた彼の内心は穏やかでなく、精神状態は現状の困惑と相まって、最悪なものに他ならない。
天井裏より離脱しようとすぐさま入ってきた小さな入り口を抜けんと動き出したその瞬間、彼を未知の光が包み込んだ。抵抗すら許されない、回避不可の魔法。
攻撃する類の技であれば魔法発動者の体を流れる魔力の起こりと向けられた敵意を元に反射で回避することも出来たかもしれないが、彼の放たれたのは害を持たぬもの。……いや、どちらかと言えば無心、無関心に近い……自分という小さな存在に何も感じていないような相対の違和感と、それを向けられたことによる苛立ちが、彼の中で混在していた。
「相当な魔法の技量……あの方々の底力は、俺の想像を遥かに超えていた……! ……だがそれでも、俺に敵意を向けるほどの価値すら…………くっ、ふざけやがって……!」
そんな混ざる感情の、苛立ちのみがどんどん膨れ上がっていく。
強くあるため、バシュヌはこれまで相当の修練を積んできた。戦いにおいては里が拓かれてより随一の天才と言われたラミアを除けば、エルフの中でも屈指の実力であると言われるほどに。実際度々行われている堕鬼族との戦いではかなりの戦果を上げているのは、紛うこと無き事実。
しかしどうだ。その彼が、自分の強さを信頼してくれていた者達……命を預けてもらっていると思っていた“守るべき対象”によって、現在バシュヌは瞬く間に追い込まれてしまっている。
これほどの屈辱、そうそう味わえるものではない。かつて、自分を完膚なきまでに叩きのめしてみせた人間の立ち姿以上のそれが、波となって彼を襲う。
「……先ほどの転移魔法の魔力は完全に消えた……戻る道はない、か。俺に残された選択肢は、この下へと進むことだけ……」
道の領域に緊張の走る中、バシュヌはもう一度確認するように奈落の底を見つめる。
やはり、何も見えない。所々壁に露出している発光した鉱物のおかげでその場の明かりは問題なさそうではあるものの、異常な深さのせいで光が意味を成していない。進まねば、その地点に何があるのかすら分からないのだ。
この場で誰かを待つという考えも脳裏を過ぎる……それが敵であるならば奇襲を仕掛け、味方であれば協力して進むなり別の方法を模索すればいい。だが彼の性格上、そのような道を選ぶことはまず有り得ない。
(……誰かを頼るなど言語道断……! 俺は誇り高きエルフの男……この屈辱は己が身のみで晴らしてやる……‼︎)
瞳には闘志を宿し、全身にはこれでもかというほどの魔力を巡らせる。完全なる臨戦体制に入ったバシュヌが目指すは、この先に広がっている最下層。
当ても目的も存在しない。教えてくれる者もいない状況下にて、一人の男は歩みを開始する。ただひたすら、自らの誇りと信念を曲げぬために。




