#4 繰り返される愚行
「我が弟、ディナル・ゼルトースよ。今日限りをもって、貴様は王家を……そして、この国から追放する。揺らぐことのない確定事項だ」
「…………は?」
継承式の最中突如として放たれた兄フォルドの言葉は、ディナルをこれまで生きてきた中でも群を抜くほどに困惑させるには十分過ぎた。
当然、はい分かりましたなどと受け入れられるものではない……そう告げられる理由すら知らぬまま、集まった貴族達の何を考えているのか分からぬ視線を受けつつも反論を試みる。
「突然何を……⁉︎」
「お前も知っているだろう? 近年各国で始まっている戦のことを」
フォルドは冷徹な眼を弟へ向け、静かに言葉を続ける。
「友好条約を結ぶ国に助太刀するべく、半年前に私と共に先陣を切り戦った国王ドルム……我らが父上は死に、英雄を失ったゼルトースでは多くの民が不安を募らせた……」
かつて弱国であったゼルトースを隣国が恐れるほどまでにしてみせた男……常に国の成長、その最前線にいた人物が亡くなってしまったことの損失はあまりにも大きい。
「たしかに父上……国王陛下の死は今後他国と戦うことになるであろう我が国にとって痛手であることは間違いありません……しかし、だからと言って私を排除する意図が読めない……!」
ディナルは反論を続ける。
「私だって父とまではいかぬものの、剣の道を進み強くなりました。戦場においても、十分力になれるほどに至っていると自負しています……! 今こそ一枚岩となって民を守らねばならぬこの状況で、なぜそのようなことを⁉︎」
「決まっているだろう。……その一枚岩となる為に、貴様が邪魔な存在であるからだ」
フォルドの返しは、酷く淡々としていた。
なにを当たり前のことを聞いているのだこいつはとでも言いたげな、まるで汚らわしい何かを見ているような表情を見せながら皆の前で好き放題言い放つ様……今この場の状況は、まるで公開処刑を行っているかの如き緊張感と本来必要のない面々の差別心が混じり合い、漂っているようであった。
「所詮は妾の子。いくら強かろうと、貴様が生まれる前に亡くなってしまった我が母上の強き魔力を受け継いでおらぬどころか、ほとんど魔力を持たぬその器……身体強化程度で精一杯の貴様が王家ゼルトースの者として戦場に出れば、皆の士気が下がってしょうがない!」
「ふざけるな! 戦場に地位や品格を重視する馬鹿がどこにいる⁉︎ 身命賭して戦果を挙げることこそ、その場の士気向上に繋がるとは考えないのか!?」
「黙れ落ちこぼれめ! 貴様はあの女と一緒だ!」
ディナルの反論に、フォルドは声を荒げて叫んだ。
その声色には、二十年もの間共に過ごして来た弟に対する情など一切感じられない……そう。不自然なほどに。
それが、ディナルにとっては一番心を抉るものであった。同時に、今はもういないミシャリーゼに対しても、
「己の価値観やその中に存在する正義感だけで行動し、ただひたすら眼前の事柄にしか目を向けん……だから駄目なのだ!! そんなもので本当に国が動かせるわけがないだろう!」
「論点がずれ始めているぞ!! 自分で言うのもなんだが、重要な戦力になろうとしている私を今切って、国にどれ程有益な結果をもたらすというのだ! 答えてみろ!!」
ただひたすらに言い合う。今この国で行われているものの中で、最も位の高い者達の兄弟喧嘩。
そんなものを止められる者など、今この場には居ない。変に割って入るだけで、自分達の首が飛びかねないからだ。
だからこそ、リーナに至ってもただ少し離れた場所からディナルの様子を見守ることしか出来なかった。
「……これは国を、世界を変えるための『荒療治』だ……!」
フォルドは静かに言い放つ。
「このゼルトースを、亡き父に代わってこの新王フォルドが更なる強国へと生まれ変わらせる! 貴様とその剣が礎として消えることによって、我らの国は新たなる時代を迎えるのだぁ! ……連れて行け!! 妖精の樹海へと――――あの女と同じ場所へと放り込め!!」
「あの女……まさかミシャリーゼ様は――――そこに!?」
「ふん、しぶとく生き残っているようだなぁ。忌々しい……フンッ、だが肝心の錬金術とやらは使えぬままであろうが、もし叶うならば――――と、いかん。喋り過ぎたか」
何か言いたげであった新たなる国王は、そこで口を閉ざした。
――そこからは、もう何も言わなかった。ただ目の前で近衛兵に連れて行かれる弟の姿を、冷ややかな目で眺めるのみ。ディナルの方も、この継承式……国中の貴族達が自分を見ている中で荒事を行うことは出来なかった。もし構わずそれを実行すれば、更に状況が悪化することは目に見えていたからだ。
「こんなことをして――兄上は必ず後悔することになるぞ!! お前が私を捨てようと、私から国を……民達を捨てることは無い……!! 今に見ていろ新王……私は必ずこの場所へ戻ってやる……皆からの信頼を取り戻し、私がこの国を守るのだ!!」
「――――あぁ……お前は、それでいい……」
叫び、怒りの矛先を向ける弟を見て、彼はそうボソッと呟いた。万が一の事を考えて側にいる従者にも聞こえぬほどの声量で。
もちろん、ディナルにそんな声が届くはずもない。自分に届くのは、当然であろうそこの知れぬ程の怒りと敵意――これ以上無いほどの、明確な反逆の意思と、変わらぬ国への想い。
とうとうこの場から姿を消した第二王子、ディナル・ゼルトース。このような事になるなど想定すらしていなかった貴族の人間達は、ただ唖然として黙り込むばかり。彼を慕っていた者も少なからずいる。その中には、涙を流す人の姿もあった。
何を考えているんだ。それが、この場にいるほとんどの人間が図らずとも同時に頭に浮かんだ言葉だったのだ。そして同時に、これこそが始まり――――この国が始まって以来、最狂となる愚王……そう呼ばれる男の、本当の意味での誕生の瞬間とも言えるかもしれない。
(……これでいい。これでよかった……父上、我々の計画が――思惑がとうとう動き、始まりました。少々時間はかかりましたが……後は、じっくり進めていくとしましょう)
周りが困惑している中、一人、ニヤリと笑った。
(ここからだ……世界を統べ、未来永劫続く未来を掴み取る……! ……そのためならば私は演じよう、愚かな王を。例え這いつくばってでも、ゼルトースはいつか必ず、全てを手に入れる……!)
彼の中に宿るビジョン……思い描いているものを知る者は、今この世界にただ一人。明かされることの無い本人の心の内に、ここから多くの者が翻弄されることとなる。




