#46 黒老
「いやしかし、大変なことになりましたな」
「これは由々しき事態……死者も大勢。全くもって恐ろしい」
(……恐ろしい? 何が……堕鬼族がか?)
場所は、昨日ミシャリーゼ達が案内された大樹内部。多少爆発に巻き込まれたのか樹木表面は所々抉れており、どこか哀愁が漂っている。
そんな中で、いつものように集まっているククノチシア上層部の者達。そんな彼らの様子を、完全に気配を殺したバシュヌが建物の外から伺っていた。
(しかしなんだ……この違和感。いつもと同じ空気、長老達にも動揺がほとんど見られない……皆、妙に落ち着いている)
彼が気付いたのは、その妙な穏やかさ。
里全域があれだけの大惨事であるというのにも関わらず、それを纏める上の者らに焦りが一切見られないのだ。
このような状況であったとしても、冷静に事を進めようとしている……そう考えるのがバシュヌにとっては一番自然であるし、実際彼自身もそう思っている。が、先程のミシャリーゼの言葉が、何故か頭から離れない。
『百パーセントではないが、今回の件――――ククノチシアにおける上層部……老人連中が絡んでると、私は見ている』
(……あんなもの、ただの出鱈目だ)
そう言い聞かせるように、バシュヌは頭の中のモヤモヤを無理矢理払拭する。あのような人間の言う事など信じるものではないのだと。
(しかし、何故だ……? その可能性があるのではないかと思ってしまう自分がいるのは……)
本当に出鱈目だと思っているのであれば、どうして今こうやって上の者の会話を盗み聞くような真似をしているのか。別にミシャリーゼが言うことなどに耳を貸さず、放っておけばよかったのではないか。
……それでも今この場所にいるのは、紛れもなく彼自身の意思。皆の前では色々と言ったものの、結局心の奥底では自分も気になっていたという何よりの証拠。
疑い、それでも忠義が邪魔をする。そんなバシュヌが迷い選べなかった道へ進む事を、結果的にミシャリーゼが後押ししてくれたのだ。
「……いやはやしかし、非常に楽しみですな――今宵の満月」
『五百年に一度の楽しみ、無駄にする訳にはいかんからな』
(……っ! 今なんと言った……⁉︎)
そうこう考えている間にも、エルフの老人達の会話は続いている。しかも、突然その内の一人が変なことを言い出したものだから、聞いていたバシュヌも必要以上に困惑する。
今宵の。確かに彼にはそう聞こえた。皆が綺麗な満月を見られると、胸を躍らせていたのは昨日であるというのに。
長老、ラガスもだ。ククノチシアを訪れたシエラ達に「祭りは夜始まる」と自ら口にしていた。実際祭りは開催されてはいたものの、知っていたのであれば何故それを伝えなかったのか。
ただ祭りの期間を延ばしたいのであれば、前夜祭であるなどと称していれば話がややこしくなることもなかったであろうに。
(最初から、全部分かっていた……? いや、そんなこと……それだとまるで……)
まるで、この惨劇が起こることも全て知っていた。知っていて、それを里の皆に伝えなかったということ。
(ミシャリーゼの推測が、本当に正しかったということなのか……? いや、だとして。だとしてだ)
もはや、疑う余地などない。それは嫌でも納得せねばなるまいという結論に至らざるを得なかった。しかしそれを踏まえたとして、その事実以上に気になる事が一つ。
老人達の口が、あまりにも軽い。話しているそれが事実であったのだとしても、危機感というものが欠如しているとしか言いようのない会話内容。誰かに聞かれているのではないかなどとは一切考えていなさそうな話し方は、バシュヌをますます困惑させるばかり。
聞かれるなどと想定していないのかとも一瞬考えたが、そんなことはあり得ない。
エルフの中でもかなりの高齢ではあるものの、そこに集まっている面々はククノチシアの中でも相当の切れ者として他の里でも知られているほど。そのリスクがあってもなお、聞かれても問題ないという確信を持っているのだろうか。
『時は来た……この里は、今宵生まれ変わる。”新たなる王”の下で、真なる安寧を手に入れる』
「えぇえぇ。十年、短き時間ながら、そのためだけに動いてきたのですからな」
(…………)
続けて耳を疑った。現在の里は、安寧などとは程遠い悲惨な状態。住む家はミシャリーゼのおかげで何とか復旧できているものの、肝心のそれと共に生きる者達の命が多く消えてしまった。もしも仮に必要な犠牲であったと言われても納得などいくはずないほど、失ったものはあまりにも多過ぎる。
(それにしたって最悪だ……こんなにあっけなく知ることになるとは思ってもなかったが……)
「そういえば長老、一つどうされるのか聞きたいことがあるのですが」
(? まだ何か……)
「――そこにいる鼠はいつ処理なされるおつもりで?」
「ッ……⁉」
そこは安全圏であると、自分でも思っていた。建物の外、扉や窓の類など存在しない里ではあるものの、樹木をくりぬいた空間における天井の裏……決して気付かれることなどないはずの小さな空気穴からその場を除いていたのだから。
だがそこにいた老人の一人が、次の瞬間にはギロリとバシュヌの方へと目を向ける。寸分の狂いもない、完全に目が合う角度まで首を動かした。
同時に、他の者らがざわつき動揺することもない。まるで、皆が初めからバシュヌの存在に気付いていたかのように。聞かれていることを知っていた上で、余裕を見せていたかのように。
「いくら優秀とはいえ、所詮は若輩。気配の消し方がなっておらん」
「エーガンが生きていたのならば、さぞかし失望したであろうなぁ」
『あの甘い孫娘が率いているのだ。緩みの加速は免れん……して、そこの者よ』
とうとう会話という矛の先がバシュヌへと向いた。しかしながら、名前は呼ばれない。向こうも親衛隊であることまでは推測しているものの、天井の裏側にいるのが誰であるのかまでは特定できていないようであった。
『老い耄れと侮るなかれ……加護を受けし我らが森の力を操る技量は、数多を優に凌駕する。逃げられると思うなよ?』
(クソッ……未だに全然状況が呑み込めん……何故俺は里の長達と敵対せねばならんのだ……!)
本来祝樹の酣は、毎回満月が見られる日に始まり、夜が明ければ後夜祭と二日連続で行われます。
ちなみにこれまで前夜祭が行われた前例はなく、祭りの初日には必ず普段よりも輝きの増した満月を拝めるため、ミシャリーゼやエルフ達は違和感を覚えたわけです。




